第104話 仕入れて売るのが商人

 空気の渇きで目が覚めた。喉が少し痛む。

 寝ているアズが腰にしがみついていたので、起こさない様にゆっくりと抜け出す。


 アレクシアは外にいるようだ。

 まあ眠れないのも無理はない。

 あんな光景を見せられてはな。


 水瓶からコップに水を掬い、時間を掛けて飲む。

 一気に飲まないのは、喉がひりついているからだ。


 こっちに来てすぐの俺がこの有様なのだから、あの都市の人は相当苦しいだろうな。


 何とかしてやりたいとは思うが、些か手に余る。

 流石に水瓶の水で顔を洗う訳にはいかないので、アレクシアを探して外に出る。


 すると、すぐ近くで馬のたてがみを撫でていた彼女を発見した。

 向こうも俺に気付いたようだ。


 アレクシアの方からこちらに寄ってくる。

 早速声を掛けようとすると、何やら表情を曇らせて何か言おうとしている事に気付いた。


 彼女が言いよどむのは珍しい。

 性格なのか、もしくは元貴族というのもあってかアレクシアは俺に対して遠慮がない。


 言いたいことは言うし、一応主人扱いはしてくるが普通に文句も言う。

 不満を溜められるのも少し怖いので、それ位が良いのかなと俺もそれは黙認してきた。


 そのアレクシアが言葉を選んでいるのだ。

 内容は大体察しがついた。


「おはよう」

「おはようございます」

「水を頼む」


 アレクシアが頷き、指先から水球を生み出す。

 大きさは拳大位だ。


 それを両手で受け取り、顔を洗う。そしてタオルで水気をふき取る。

 さっぱりした。


「で、何を悩んでるんだ? 即決即断のお前が珍しい」

「……流石に顔に出ていましたのね」


 アレクシアが右手を自分の頬に当てて撫でる。


「話を聞くだけなら聞く。だが、俺達は商人と冒険者だ。出来ることは限られてる」

「分かっていますわ。それにあの都市で何が起きたのかは大体予想が付きました」

「言ってみろ」

「……以前、風の迷宮でエレメンタルの結晶を拾って来たでしょう?」

「ん? ああ、そうだな。結構高値で売れた」


 今は需要が落ち着いて多少価値が落ちたが、あの時は金以上の価値はあった。

 値切られて何のために来たのか分からない今回と違って、わざわざ遠出する価値はあったなぁ。


 交易品も売れたし、量は限られたが宝石も買い込んでそれも儲かった。

 素晴らしい。


「あれは魔物から出たものですわ。風の属性が凝縮された結晶。水の属性にも同じものがありますけれど、精霊からは更に良いものが採れますの」

「ふむ?」


 まあ、それはそうだろう。

 精霊はアレクシアの話を聞いた限り、属性そのものだ。

 魔物ではないし、倒せるようなものではないから誰も手を出さないだけみたいだが。


 もし水の精霊をどうにかするなら……ああ、なるほど。


「水の精霊石。水の精霊と引き換えに手に入る素材ですわ。代わりにこの辺一帯の水が枯渇してもおかしくないですけれど」


 アレクシアが顔を逸らし、地面を見る。

 俺もそれに倣ってそちらを見た。


 ひび割れた地面は、水の枯渇を容易に想像させる。

 土は砂の様にサラサラしているか、あるいはまるで金属か何かの様に硬く固まってしまっている。


 まるで酷い日照りの後のようだ。


「その結果がこれだと?」

「ええ。小さな水の精霊がアーグ男爵の居た館を示しました。多分燃える石で精霊を蒸発させているのでしょう」

「そんなことが出来るのか……?」

「魔導士を雇っているのに碌に水の配給もしていなかったでしょう? おそらく魔導士を使って精霊を拘束しているのですわ」

「なるほどな」

「最も、拘束するのが限界だから燃える石なのでしょうけど」


 それだけの事をするなら、魔導士を集めるだけで金欠になってもおかしくない。

 値切られたことを思い出してムカムカしてきた。


「で、それがわかったからどうする? 貴族と正面から揉めるなと言ったのはお前だぞアレクシア」

「ええ。わたくしも別にご主人様にアーグ男爵へ突っ込ませる気はありませんわ。でも、貴方は商人なのだからこのまま帰る訳にもいかないでしょう?」

「それはそうだが、しかしな。冒険者組合に抗議はするが、ここで出来ることは……」

「ありますわ。売るんですの。ここで今すぐ、それもたくさん売れる商品を」


 そう言ってアレクシアが再び指先から水球を生み出す。

 まさか……。


「いやお前、それは俺も考えたが流石に良心が咎めてやめたんだぞ」

「……幾らで売るつもりでしたの? 売り方次第、やり方次第ですわ。それに猶予もありません。アーグ男爵をどうこうは後の話」


 アレクシアから値段を聞く。

 それなら確かに多少は儲かる上に問題も起きないか。

 ふむ。元手もかからないし。

 水不足の場所に安価で水を売るだけなら別に咎められまい。


 むしろ都市の人間が味方になってくれるだろう。


「とはいえあまり時間をかけると水の精霊が危険なんじゃないか? お前の話を信じるなら、今も燃える石を使って煮やされていることになるが」


「わたくしの家は水の精霊と友好的と言いましたわね。水の精霊の力は理解してますわ。名のある上級魔導士が専任するならともかく、燃える石の火力ではまだまだ時間が掛かるでしょうね。アーグ男爵は余裕が無さそうだったでしょう?」

「確かに名も名乗らずに退散していったからな。だが、そもそもアーグ男爵はこの都市を任されている訳だろう? この都市に異常があれば困るのは帝国の筈だ」


 王国だって税が滞れば騎士が飛んできたわけだし。


「そこが大事なのです。帝国は王国とは違い、かつて統合された都市国家を基にした多くの派閥がありますの。この都市を犠牲にしてでも水の精霊石が欲しい派閥があるのでしょうね。それは他の派閥にとっては格好の攻撃材料ですわ。そしてこの情報は売れますわよ」

「ああ、なるほど。貴族の敵は貴族、か」


アレクシアが仕組まれてやられたのも、元をたどれば王国というよりは身内の帝国貴族だ。

良い意趣返しにもなるかもしれないな。




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