第103話 アレクシアの苦悩

荒れて乾いた土地に、飲み水にも困るほどの水不足。

最初見た時に、私はとても信じられなかった。


久しぶりに訪れたとはいえ、戦争の為にこの土地から離れてから数年も経ったわけではない。


何もない田舎ではあったけど、水と食べ物には困らなかったはずの私の故郷がこうまで一変するとは。


そして新たな領主であるアーグ男爵はその惨状に碌に手を打つでもなく、燃える石を買い漁っている始末。


それも信じられない事に自分が提示した金額を値切っていた。

恥ずかしくないのだろうか。


ああ、私が言えたことではないか。


戦争に負けて捕虜になり、更には奴隷となってしまった。

その上での不本意な帰還ではあったのだけど、故郷の景色を見れると楽しみにしていた部分も少しあったのだ。


衝撃が強すぎて食事も飲み込むのに苦労したほど。


主人であるヨハネは私が碌に食べないのを見て心配していた。

相変わらずよく見ている。


都市のすえた匂いは、恐らく水が不足している影響で掃除を怠っているのだろう。

宿を取ったところで碌に休めないと主人が判断し、都市の外で一晩明かすことにした。


都市の外の土地では、気温が高い訳でもないのに地面がひび割れており、雑草すら生えていない。

この様子では穀倉地帯など全滅しているのではないか。


胃の辺りが締め付けられるような感覚がした。


これはもしかして、私の所為なのだろうか。

口車に乗せられて、聞こえの良い言葉しか聞こえなくなった父を止めることも出来ず。


一緒に出撃するも、奴隷として落ちてしまい父は死んだ。


寄り親の伯爵は、何かあっても任せろとハッキリと言ったのに。

これではまるで悲劇を通り越して喜劇だ。


笑われるのは私の家。


家は当然取り潰しになり、結果先ほど遭遇したアーグ男爵が居座ってしまった。

それでも、ちゃんと領地が存続しているなら自分の不甲斐なさを思うだけで済んだのに。


この有様は何なのだろう。

水の精霊とは仲良くやっていた筈だ。

なにをすればこうなるというのか。


仕事どころか立っているのも難しいほどの門番。

子供が日陰で倒れ込んでいたのを見た。

急いで水を飲ませると、少しだけ顔色が良くなった時は少しホッとしたが、一時凌ぎだ。


僅かコップ一杯の水が一日の配給される水?

それでまともに生きていける訳がない。


このままなら遠からずこの場所は死に絶えるだろう。

流石にそれが分からない筈はない。


私が魔法で生んだ水を多少配ったが、あんなものでは足しにもならない。


(この都市は近隣の食糧庫でもありますのよ……いったい何人の餓死者が出るのか考えたくもないですわ)


木箱を下ろし、少しだけ広くなった馬車の中で横になる。

目が冴えて眠れない。嫌な汗がずっと背中を流れている気さえした。


距離が近いので、誰かが身じろぎをすればその音がはっきりと聞こえる。


警戒の為に魔法で周囲の探知を行っているが、魔物どころか動物の気配もない。


結局ずっと嫌な考えが頭を巡り、一睡もできずに朝を迎えることになった。

他の三人が寝入っている中、私は体を起こす。


都市の外なのでフードは被っていない。

馬車から出て、馬の為に水を魔法で生み出す。


空気が乾いている為か、馬も喉が渇いていたのだろう。

よく水を飲んでいる。

たてがみを撫でると嬉しそうに体を震わせた。


気付かないうちにため息を付いていた。

私がしたことは何だったのか。

無理にでも、それこそ力ずくで父を止めるのが最善だったのだろうか……。


何か出来ることは無いかと思ったが、今の私の身分は奴隷だ。

いくら主人であるヨハネが口ぶりの割に奴隷を優しく扱っているとはいえ、それは彼が変わり者だからで私が奴隷であることに変わりはない。


その奴隷である私がそれなりの暮らしをしていて、領主が変わっただけの故郷の人達が苦しみにあえいでいる。


せめて、水の精霊とアーグ男爵に何があったのか分かれば……。


ふと、目の前に水滴が浮いていた。


一瞬雨? と思ったが、そうではない。

天気は晴れて地面を照らしている。


水滴は静止して私の前にいる。そして私の周りをくるくると回りはじめた。


これは……水の精霊の一部?

水滴から感じる力は以前感じた事のある水の精霊のものだった。


手を添えると水滴がその手に乗る。


「私の事を覚えていてくれましたのね」


水滴が跳ねる。

私の言葉を理解しているのだ。


恐らく、私がこの土地に戻ってきたのを察知して近づいて来たのだろう。


しかし、水の精霊は本来もっと巨大だったはずだ。

こんな水滴のようなサイズではない。


自然の中にある水という属性が土地に貯まった魔力と混ざり合い、意志を持つに至り土地神のような存在となる。

その力は巨大で、もし協力が得られれば都市一つまるまるが水に困らないほどだ。


しかし、今この水の精霊の力は殆ど感じられない。


「一体何がありましたの?」


そう問うと、アーグ男爵のものとなった館の方向でくるくると回る。

噂通り、あのアーグ男爵と何かあったのだろう。


だが、人間が精霊相手に何かできるとも思えないのだが……。


水の精霊がフッといなくなる。

代わりに人の気配がした。


主人が起き出してきたのだ。

水の精霊が人の気配を嫌ったのだろう。


もし私が動くなら、主人を説得しなければならない。


(命より私達が大事と言ってはくれましたけど、この男を動かすならやはりお金ですわね)


恐らく値切られたことが尾を引いているのだろう。

眉間にしわを寄せている。


私は主人にそっと近づいた。

やはりこのままではいられない。



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