第102話 値切る貴族

「あの、精霊って何ですか?」


 アズがアレクシアに聞く。

 同じく気になっていたので聞き耳を立てる。


「精霊というのは、簡単に言えば意思のある属性の塊ですわ」

「意思、ですか」

「別に喋ったりはしませんけど。ただこちらの言葉は理解してますわ」

「自然の神様って言う人もいますねー。水は特に生きていく上で大切ですから」

「そうなんですね」


 三人の会話を耳にしながら馬車を領主の館へ向かわせる。

 道中に魔導士が水の配布を行っている場所を見つけたが、一人一人に対する割り当ては少ないように見えた。


 アレクシアとは違い、魔導士としての力量はそれほどないのだろう。


 それでもその少ない水を求めて人々が集まっている。

 暴動にならないのは、恐らくそれほどの体力がもうないのかもしれない。


 ようやく領主の館に到着する。

 冒険者組合で場所は確認していたので迷わず来れたのだが……。


 館を守る門番はおらず、門は開いていた。

 少し迷ったが中に入る。


 館の入口まで来ると、使用人らしき男性がこちらに歩いて来た。


「御用件は?」

「燃える石の納品に来た冒険者だ」

「……ああ。こちらへどうぞ」


 倉庫らしき場所まで案内される。


「数量は?」

「この木箱で4箱分だ」


 そう言って燃える石の現物を見せると使用人は渋い顔をする。

 依頼によると一定量毎に報酬を払うとはあったが量の指定は無かった筈。


「少しお待ちを」


 そう言って使用人が立ち去ってしまった。


「行っちゃいましたね?」


 アズが上目遣いでそう言った。


「ああ。そんなに大量に持ち込んだわけでもないと思うが……」


 馬車一杯という訳でもない。

 この程度の量でどうこうは無いと思うのだが。


 少し、というには些か長い時間を待った後使用人が一人の男を連れてくる。


 身なりからして貴族らしき人物だ。

 恐らく領主だろう。

 少し顔色が悪い。


「燃える石を持ってきたか」

「はい、依頼にある通り買い取って頂きたく」


 そう告げると、貴族の男が燃える石を確認する。


「最近は商人も寄り付かなかったからな。依頼料に関してだが……財政が厳しくてな」


 そう言って銀貨の入った袋を取り出す。


「追加報酬は少なくしてもらいたい。構わんか?」

「それは……」


 依頼と矛盾してしまう。

 本来は冒険者組合がこういった事が起きないように仲介をしているのだが、今回は案内だけで実質直接取引となっている。裁量も向こう次第だ。


 差し出された銀貨は帝国の銀貨で、為替を考えても一応燃える石分の金額は満たしている。

 流石に帝国内の燃える石の相場までは分からないが、産出量的に王国と大きな差があるとは思えない。


 これなら王国内で処分するのと変わらないので移動した分が丸々損だ。


「まあ良い気分がしないのは分かる。だがお前達も見てきただろう。今この都市では水がないのだ。魔導士を雇って水を魔法で何とか最低限用意している。手元に金がない」


 だったら何でわざわざ燃える石をかき集めているんだ、と聞こうと思ったが相手は他国の貴族だ。


 揉めるとどうなるか分かったものではない。


「分かりました」


 ただで寄こせと言われないだけマシと思うしかない。

 流石にそんな事をされたらこちらも黙ってはいないが。


「おお、そうか」


 貴族の男は最後まで名乗りも上げずに、使用人に銀貨の束を預けるとさっさと行ってしまった。


 冒険者相手に名乗る必要もない、か。


 使用人はホッとした様子だった。

 燃える石を倉庫に下ろし、銀貨の束を受け取る。


 正直嵩張るので金貨で払って欲しかった。


 領主の館から出る。

 流石に領主の館からはすえた匂いがしなかった。


「……随分と適当な貴族ですわね」

「そうなのか? 正直貴族は比較するほどあった事がないからな」


 住んでいた街の領主とジェイコブ位しか分からない。


「自分で出した依頼を値切る帝国貴族なんて、周囲に知られたら恥ですわ」

「でもそこまでして何で集めるんでしょうねー?」


 エルザがアレクシアに聞く。

 燃える石は簡単に熱量を得られる資源だ。

 量があれば非常に高温に熱することが出来るし、燃え尽きるまで継続する。


 鉄の加工に使われるし、暖を取る為にも需要がある。


 だが、水不足の都市での需要は予想するのが難しい。


「それは……最初は私の時と同じで戦争でもするのかと思いましたが、この有様ではそれはないですし」

「それどころじゃないですね」

「だな。燃える石より水を買った方が良いと思う位だ」

「水を買う都市は聞いたことがありませんねー」

「まあな」


 水は交易品としてはとにかく向いていない。

 なんせ重いし腐る。遠くから運ぶと目減りするし、価値もこの都市のようによほど不足しないと低い。


 それに魔導士が居ればそれなりの量を魔力と引き換えに生み出せる。


 身近で大切な資源だが、売り物にはならない。


 とりあえず一旦都市を出ることにした。

 馬車の中で寝た方がまだマシだろう。


 門番の男は体を丸めて眠っていた。

 仕事を果たしているとは言えないが、少しでも体力を温存したいのだろう。


 盗賊もわざわざこの街を襲うなら他所に行くのではないだろうか。


 食料は多少余裕をもって用意していたので、都市から少し離れた場所でそれを食べる。


「何もない場所でしたけど、それでもそれなりに活気はありましたの」


 アレクシアがそう呟いた。

 奴隷になった時でさえ見せたことのないほど、彼女は落ち込んでいた。







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