第101話 帝国の冒険者組合

 門番から許可を貰い、馬車のまま帝国の都市に入る。

 入った瞬間感じたのは、すえた匂いだった。


 鼻を塞いだりするほど強烈な訳ではない。

 だが、歩いているとふと鼻に感じる。


 この都市には活気が感じられない。

 周囲を見ると座り込んでいる人たちが居た。


 物乞い……という訳でもなさそうだ。


 エルザが浄化の奇跡を掛けてくれたので、それ以降匂いに悩まされることは無くなったが、この様子だと事態は深刻そうだ。


 アレクシアの方を見ると、フードで表情は分かりにくいが険しい顔が垣間見える。


 まず冒険者組合を訪れることにした。

 帝国にも支部がある。この規模の都市ならばあって然るべきだ。


 少し進むと、それなりに目立つ場所にそれはあった。

 アレクシアが荷物を見張ると言ったので、他の奴隷二人を連れて入る。


 組合の中はがらんとしていた。

 人が少ないという表現ですら控えめだろう。


 女性が一人だけ受付で座っていたが、何か仕事をしている様子は無かった。

 むしろ、ただ座って体力を温存しているような印象さえ受ける。


 顔色が悪い、というほどでは無いが生気はあまり感じられない。


 冒険者証を持つのはアズだ。

 アズに受付に行かせて、エルザと共に後ろに立つ。


 受付の女性はアズの姿に気付くと、少しだけ意外そうな顔をした。


「冒険者の方ですか……?」

「はい。燃える石の納品で来ました」

「ああ。これですか」


 億劫そうに一枚の紙を取り出す。

 仕事に対する熱意云々ではなく、恐らく疲れ切っているのだろうなと感じた。


「領主のアーグ男爵の家へ直接納品してください」

「あの」


(様は無し、か)

 アズの後ろから受付の女性に尋ねる。


「なんですか?」

「この都市はどうなっているんですか? 門番からは水の精霊を怒らせたと聞いたのですが……なんというか、活気が無いので。他に冒険者の人も見当たらないですし」

「私の口からは申し上げられません。冒険者の方々は今はこの都市には殆ど居ませんよ」


 受付の女性はそれで話を打ち切ってしまった。

 余り話したくない内容なのだろう。


 そこでエルザが前に出る。


「少し調子が悪そうですね。良ければ治しましょうか?」

「司祭様でしたか。ではお願いします」


 どうやら司祭が居る事すら気付いていなかったらしい。

 エルザが受付の女性に手をかざす。

 癒しの奇跡と浄化の奇跡を施している。


 すると、見る見るうちに受付の女性の顔に生気が戻る。


「……随分楽になりました」

「それは良かった」


 笑顔でそう答えるエルザは司祭そのものだ。誰も奴隷とは思わないだろう。


「依頼は出せますか?」

「それは勿論。ですが先ほども言った通り、この都市には冒険者は居ませんよ」

「いえ、これを」

「ああ、指名依頼ですか。分かりました」


 紙に番号と依頼内容を書き込む。

 フィンへの連絡だ。

 金貨6枚と少し値が張るが、以前頼んだ仕事内容に問題は無かった。

 金の分は働いてくれるという安心感がある。


 冒険者組合から出ると、アレクシアが座り込んだ少女に水を与えていた。

 その様子を見た周囲の人が水を求めて群がっている。


 ここで水を売ったら大儲けできるだろうなと思った。


(流石にそれをするほど落ちぶれてはいないが)


 きりが無いので今いる人に水が行き渡ったら移動する。

 この場にいると人が人を呼んでしまう。


 門番の様子などから、都市に居る人の大半が押し寄せてくることも考えられる。

 そうなったら大変だ。


 人々はフードを被ったアレクシアに礼を言い、中には両手で崇める様な人も居た。


「正体は隠したいんじゃなかったのか?」

「とても見ていられませんでしたから。勝手な事をしたのは謝りますわ」

「それは構わんが」

「代わりに少し話は聞けましたので、話しておきますわね」


 アレクシアの話によると、アレクシアの家が取り潰しになった後少しの間領主が居ない状態になったらしい。


(うちの街と同じか)


 黙ってアレクシアの話を聞く。

 領主が居ない事は大きな問題では無かったのだが、次の領主が来るのが異様に早かったという。


 それはまるで元々準備していたかのような。


「恐らく、私達が邪魔な派閥が準備していたのでしょうね。今思えば、寄り親の援助が無かったのは上で何かしらの取引があったとしか思えませんわ」


 その後税金が重くなったものの、アレクシアの父親が領主だった時代は税が軽かったので普通に戻っただけだ。


 勿論都市の人間は面白くなかっただろうが。


 問題はその後だ。


 この辺りは温暖で湿地があり、農業に適している。

 その為穀倉地帯として王国と帝国がとり合う時代もあった。


 同時にその影響で魔物も多い。


 それを武力で抑え込み、帝国の都市として確立したのがアレクシアの始祖、という訳だ。

 アレクシアの始祖はこの土地の水の精霊と契約も果たし、それ以降水に困ることは無かったと言われている、らしい。


 生まれてからずっと住んでいたアレクシアの話なので信憑性は高い。

 アレクシアの家が取り潰しになり、新しく来たアーグ男爵家の当主は意気揚々と水の精霊を呼び出し、見事に怒らせた。


 僅か数ヵ月で現状の有様になってしまったのだという。


「そんな領主がなぜ燃える石を集めているんだ?」

「そこまでは分かりませんでしたわ。ですが、あの温厚な精霊を怒らせるなんて何をしたのやら」


 アレクシアが呆れと怒りをない交ぜにした声で言う。

 宿を取る気にもならず、冒険者組合を出た後そのまま領主の館へ向かった。





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