第100話 いざ帝国へ

 レンタルする馬車が店の前に到着した。

 奴隷達に荷を積ませている間に、店の従業員達に声を掛ける。


「留守の間、店は頼む」

「分かりました。任せてください。ヨハネさんも気を付けて」

「ああ」


 従業員が品出しをしながら返事をした。

 既に慣れたものだ。口より先に手を動かすのが特に良い。


 馬車に荷が積まれていく。

 女と子供に積ませているのは少し外聞が悪いかもしれないが、アズですら大の男より力があるので使わない手はない。


 例によって交易品も、と行きたいところだが燃える石を積んだ木箱がスペースを圧迫している。


 その為他に食料を積むだけで精一杯だ。

 4人の食料を7日分。なのでこれも意外と嵩張る。

 今回の目的は燃える石を運ぶことなので、それで良いと言えば良いのだが。


「ご主人様、荷の準備が終わりました」

「分かった」


 アズが馬車の中から準備が終わった事を伝えてくる。

 御者として馬車の前に乗り込み、早速馬を走らせる。


 時は金なり、だ。

 今回は帝国まで行く必要があるし、帰りはともかく行きは交易品もない。

 さっさと終わらせて店に戻るのが一番だ。


 従業員が店を開けるのを横目に、馬車を移動させる。


 門を抜け、外に出た。

 多少ではあるが、街の中に入っていく人たちが戻ってきたようだ。

 すぐに元通りとはいかないが、それは時間が解決するだろう。


 馬車の中では、奴隷達が大人しく座りながら時折会話している。

 それは良いのだが、やはりアレクシアが普段に比べて元気がないのが気がかりだ。


 行先が帝国であるのがその理由だろう。

 なんせアレクシアが奴隷に落ちた理由は帝国に裏切られたからだ。


 寄り親からの要請……帝国の意思で攻めたようなものなのに、支援もなく、身代金も払われず。

 父親も死んだ。


 母親はあの戦いより前に亡くなっていたので、家も取り潰し。


 気が重いのも当然と言える。

 俺としてはその結果アレクシアが買えたので文句はないが、本人からすると複雑だろう。


 そんな事を思っていると、アレクシアがこちらに来る。


「景色でも眺めた方が気分が紛れますわ」

「そうか」


 ただ座っていると色々と考えてしまうのだろう。


 なんせ、奴隷達の中で一番融通が利かないのは恐らくアレクシアだ。

 アズとは別の意味で真面目すぎる。


 馬車での移動は特に問題ない。


 スパルティアまで移動したときは随分かかったが、この街から目的地の帝国の都市はそこまで離れていない。


 二日もあれば到着する。


 行って燃える石を処分して帰ってくるだけだ。

 トラブルもないだろう。




 魔物との遭遇もそれほど起きず、行路は予定以上に進むことが出来た。

 食事は保存の効く黒パンにハムと酢漬けされた葉野菜を食べる。


 これなら調理の手間も要らないので足を止めなくても良い。

 どれも保存がきくので持ち運びも楽だ。


 道中、何度か馬を休ませ夜は馬車の中で眠る。

 天幕を積むスペースもなかったからだが、4人で横になっても眠れなくもない。




 次の日には帝国領に入る。予定よりもよほど早い。

 それは良い事ではあるが、少し気がかりもある。


「なぁ、こんなに土地が乾いているのか?」

「そんな筈はありませんわ。比較的温暖な気候で土地も恵まれてましたもの」


 アレクシアはそう言うが、草すら枯れている。

 干ばつでもあったのだろうか?


 それほど日が強い訳でもない。

 川の水も僅かに流れている程度だ。


 水の調達は魔石もあるし魔導士も居るので問題は無いのだが。

 この辺りは既にアレクシアが治めていた領地だ。


「確かに土地が……雨がずっと降らなかったのかしら。余りこういうことは無かった筈なのですけど」

「余り長居はしない方が良いかもしれないな」

「でしょうね」


 アレクシアはいそいそとフードを頭から被る。


「私はこの辺りにいる間はこれでいきますわ。死んだか慰み者になったと思われてるでしょうし」

「それは構わんが」

「それに奴隷になったのは仕方ありませんが、それをかつての領民に見られるのは耐えられません」


 それはそうだ。

 落ちぶれた姿を赤の他人が見るのと、知り合いが見るのでは違う。

 別に落ちぶれさせた格好はさせてはいないつもりだが。

 顔に出ていたのか、アレクシアが言葉を付け加える。


「扱いには感謝してますわ。扱いには」


 馬車を走らせる。

 地面が乾いているからか、馬は走りやすそうだ。


 目的地である都市に到着する。

 門番が一人いるだけで、座り込んでいた。


 声を掛けようとすると、弱々しい声で勝手に入れと言われる。


 随分弱っているようだ。顔色も悪い。


「なぁ、水ないか?」


 言われた通り入ろうとすると、門番からそう声を掛けられた。

 アレクシアに目を向ける。

 アレクシアはフードを被ったまま頷き、魔法で水を生成した。


 門番は慌てて水筒をその水の方へ持っていく。

 水筒を一杯にすると、門番はそれを勢いよく飲み干す。


「もう一杯頼む」


 水の魔法、それもただ水を生み出すだけなら魔力消費も大したことではないと聞いている。

 アレクシアがもう一度水の魔法を使うと、門番の顔色がだいぶ良くなった。


「ありがとよ……お礼に良い事を教えるよ。悪い事は言わないからここに長居はするな。領主様がこの辺一帯の水の精霊様を怒らせちまって、この有様なんだ」

「ああ、だからあんなに土地が乾いてたのか」

「そうさ。以前の領主様は良かったのになぁ」


 そう言って門番は座り込む。

 体力を温存したいのだろう。


 アレクシアは何か考え込んでいた。

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