第93話 徴税官

 広場から神殿騎士達が居なくなってからも、慌ただしかった。


 すぐに王国からきた徴税官の一団が街に到着したからだ。

 町に到着した彼らは、人の集まっている広場に到着してその荒れように驚いていた。


「我が名はジェイコブ・ベルトランである。徴税官として参ったが、ここで何があった?」


 鎧を着た騎士が発言する。

 どうやら王国の騎士が徴税官を兼ねているようだ。


 広場に居る中でも地位が高い、街の代表と冒険者組合の組合長がジェイコブに何が起きたのかを説明する。


 銅像に関しては頭を捻っていたものの、神殿騎士に関しては反応があった。

 ジェイコブ曰く、今王国にはやたらと太陽神教の神殿騎士が出入りし、トラブルが起き始めているらしい。


 太陽神教は王国にも布教し、かなり広まっている。

 それ故に出入りに関しては余り咎めていなかったのだが、そうもいかなくなっていたようだ。


 近々太陽神教に対して動きがあるとのことだった。


 少なくとも神殿騎士が自由に出入りする事は難しくなるだろう。


 他で起きているトラブルは流石にこの街ほどでは無かったようだ。


 領主の息子と結託して領民から税金を搾り上げ、その金で銅像を作る。

 それを聞いたジェイコブは呆れていた。


「普通そんなことあり得んだろう……。税金はその銅像とやらが作られる少し前から納められていない。領主の息子と神殿騎士達が着服していたとみるべきだ」


 ジェイコブ達は広場で事情を確認したのち、組合長と街の代表を連れて領主の館へ向かう事にしたようだ。


 広場の人間には解散するように伝えている。

 しかし移動するその前に、アズを抱きかかえている俺を見る。


「動く銅像とやらと、神殿騎士達を撃退したのはお前達と聞いたが。本当か?」

「はい、ジェイコブ様。他の冒険者の助力もありましたが」

「そうか。よほどの戦闘があったようだな。ふむ、お前の名前は?」


 ジェイコブが俺の名前を聞く。

 俺はジェイコブを見て口を開いた。


「道具屋を営んでいるヨハネと申します」


 自分の名前をジェイコブに伝えた。

 ジェイコブは少し気になった程度らしく、それで話は終わる。


 ただ、チラリと真っ二つに斬られた銅像を見て一言呟いた。


「見事だ」


 アズへの賞賛だった。

 本人に聞かせてあげたかったが、今は意識が無い。


 ジェイコブ達が広場から去ると、ジェイコブからの指示もあり、集まっていた人たちも話し合って一度解散することになった。


 冒険者達が俺達に健闘を称えて居なくなっていく。

 集まっていた一般の人々も少しの間話し声が聞こえていたが、いつの間にかいなくなっていた。


 警備隊は徴税官を見て慌てて居なくなっていたが、後ろ盾が居なくなった彼らの未来は暗いだろう。


 抱きかかえたアズはまだ目を覚まさないが、寝息は聞こえる。


「アズは大丈夫なのか?」

「ええ、疲労で倒れただけです。少し疲れたのでしょう」

「そうか……、あれは何だったんだ?」


 一瞬だけアズの右目が見えた。

 普段のアズの虹彩とは違う虹色の輝きが宿っており、その間のアズはまるで別人のような気配がした。


 神殿騎士の腕を鎧ごと斬り落とし、銅像を真っ二つに斬る。

 いくらアズが強くなったと言っても、とてもそんな芸当は出来なかったはずだ。


 銅像に傷を付けるのも苦労していたというのに。


「落ち着いたら必ず話します」


 エルザはそう言った。何か知っているのは間違いない。

 アズを一番可愛がっているのはエルザだ。

 そのエルザがそう言うのだから、その時を待つしかないか。


 アレクシアはため息を吐く。


「とりあえず何時までここにいるつもり? アズを休ませるにしてもベッドに寝かせた方が良いでしょ」

「確かにな」


 アレクシアの言葉で俺は立ち上がる。

 アズを抱き抱えたままだが、アズの体重は軽いので問題ない。


 こんなに軽い体でよく頑張ったと思う。


 そのまま家へと戻る。道中で見た限り街の雰囲気は良くなった気がした。


 店は従業員たちが既に用意している。

 広場での騒動を見に行かなかったのかと聞くと、店を開ける方が大事だと帰ってきた。


 大した根性だ。

 店はそのまま任せて家に上がる。


 アズをベッドに寝かせ、冷えない様に毛布を掛ける。


「目は覚ますんだよな?」

「ええ。でも今日一日は寝ているかもしれませんね」

「そうか。お前達も休んでいろ」

「そうさせて貰いますわ。ひたすら魔法を撃って眠気が……」


 最後まで言うことなく、アレクシアが自分のベッドに倒れ込んだ。


「私も休ませてもらいます」

「ああ。俺もなんか疲れたよ」


 エルザが横になったのを確認し、奴隷達に用意した部屋から出る。


 そして自分の部屋に入ると、フィンがコーヒーを飲んでいた。

 俺の秘蔵の豆が……。


「お帰りー。大変だったみたいだね」

「大変どころか死にそうだったんだが」

「あはははは!」


 笑い事ではない。


「ま、生きててよかったね。約束通り、領主の館の資料は全部あの徴税官がすぐ見つけれるように纏めておいたよ」


 そう、フィンには追加の依頼として領主の館にまた行ってもらった。

 太陽神教の人間が居なくなる際に、証拠を隠滅する危険性があったからだ。


 神殿騎士が撤退したという事は、今領主の館は空だろう。

 領主の息子と彼等の結託した悪事が暴かれれば、この街も大分良くなる、と信じたい。


 フィンがコップの中身を飲み干す。


「じゃあね。またよろしく」


 そう言った次の瞬間、フィンの姿はどこにもなかった。

 俺ももう限界だ。


 そのままベッドに倒れ込み、即座に眠りに就いた。

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