創世王のアニマ編

第94話 騒動の後の朝

 誰かに揺さぶられて目を覚ます。

 朝に寝床に入ったと思うのだが、外はまだ日が明るい。


「ご主人様、起きてください」


 声がする。この声は……アズの声か。

 ゆっくりと目を開けると、アズと視線が合った。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」


 挨拶を返す。

 よく見るとアズの右目は元の蒼色に戻っていた。


 アズが水差しから水をコップに注いで持ってくる。


 それを受け取り一口飲むと喉の渇きを自覚し、一息で飲み干した。


「もう大丈夫なのか?」

「はい。元気一杯です」


 そう言ってアズは明るく返事をした。


 今までよりも随分明るくなったような気がする。

 以前はもう少しどこか気弱だったような。


「朝食を用意したんです。早く起きて食べてください。冷めてしまいますよ」

「分かったよ」


 ベッドから足を下ろす。

 まず顔を洗い、タオルで水気をふき取る。


 炊事場に移動すると、確かに朝食が用意されていた。

 エルザ、アレクシアは既に席に座っている。


 アズが俺の席を引いて促してきたので座ると、アズも席に着いた。


「おはよう。とりあえず食べようか」


 俺の言葉に三人は頷いた。


 ちなみに奴隷だから立って待っていろだのと言うつもりはない。

 というかいちいち命令するのは面倒極まりない。


 朝食は白いパンにスライスされたチーズが添えられ、薄切りにして良く焼いた燻製肉。

 リンゴ酢のソースがまぶされた葉野菜のサラダにスープだ。


 俺が食べ始めると、他の三人も手をつける。


 まるで丸一日食べていなかったかのような空腹に、ついパンを追加してしまう。

 いや俺だけじゃない。

 全員よく食べている。


 そもそもカゴに盛られたパンが多いと思った。

 おかずもすぐに食べ切ってしまい、チーズと一緒にひたすらパンを食べている。


 喉が詰まればスープで流し込んだ。


「結局皆一日寝てましたねー」

「あれだけ動けば当然よ。流石に精魂尽きるほどでは無かったけど」

「良く寝ちゃいました……」


 あ、やっぱり一日経ってるのか。


「後でどうなったか聞いておかないとな。流石にこれ以上状況が悪化するとは思えないが」

「その辺はお願いしますわ。ご主人様」


 アレクシアはそう言いながら、指先に付いたパン屑を舐める。


 カゴに盛られた山盛りのパンは綺麗になくなってしまった。

 食器の片づけを任し、店の様子を見る。


 既に店は開いており、品出しまで終わっていた。


 昨日の分の売り上げとその内訳が金庫に入れられている。

 スパルティアに行った時に指示したことを続けているようだ。


 正直仕事が無いな、これは。


 店のキャパシティ的に新しい品物もこれ以上置けないし……。


 ああそうか、今なら改装しても良いな。


 アズ達も食後のゆったりとした時間に入ったようだ。

 エルザが紅茶を人数分入れる。


 紅茶の匂いが部屋に満ちて、気分が安らぐのを感じた。


「で、アズのあれは何だったんだ? 右目が虹色に変わってたが」


 アズから砂糖を受け取りながらエルザに聞く。

 頭を働かせるために少し多めに入れる。


 エルザは今聞くんですか? みたいな顔をした。

 一口紅茶を飲んでソーサーにカップを戻す。


「凄かったですわねー。鎧ごと腕を斬り落とすのは簡単ではないですわよ。それも神殿騎士なら司祭並みの防御力がありますし」


 お代わりを注ぐアレクシア。

 アズもアレクシアに注いで貰っている。


「私自身は目がどうこう言われても、いまいち分からないんです」

「それどころじゃなかったもんねー」

「はい。……胸が熱くなって、目から涙がずっと出てたのは覚えてます」


 そう言ってアズは俺の顔を見る。


 目が潤んでいるような気がする。

 思えば、あの時は随分と格好つけた事を言ってしまったな。


 だが、嘘は言っていない。


「変な雰囲気にならないでくださる?」

「お前の気のせいだ。アレクシア」

「そうかしら」

「それで、ですねー」


 エルザがようやく口を開いた。


「アズちゃん、風の迷宮でユースティティア様と会ったでしょう?」

「はい。私の目を覗き込んだ後居なくなってしまいましたけど」

「あの時何をしたのか分からないと言ったけど、あれは嘘なの」


 何やら風の迷宮で何かあったようだ。

 そう言えばアズが何か言っていたような気がするが、正直エレメンタルの結晶に夢中で聞いていなかった。


「ご主人様は覚えてますよね、創世王様の使徒の話」


 正直覚えてない。

 いくらで売れるのかという事で頭が一杯だったから。


「ああ。勿論だ」


 世の中には見栄を張らなければならない時がある。

 アレクシアはあまり興味が無いようだ。


「ユースティティア様は自分の消滅を悟って、アズちゃんに自分の残った力を渡したの。だから力を使い果たして消失してしまったのでしょう」

「そうなんですか……? 確かに銅像を斬った時、思った以上に力が入った気がします」


 そう言ってアズが右手を見つめる。

 確かに凄かった。


 アズより遥かに大きかった銅像を、奇麗に真っ二つにしてしまったからな。


「徴税官の騎士もアズを褒めていたよ。見事だって」

「え、えへへ。そうですか」


 アズが照れて前髪を弄り始めた。


 随分頑張ったと思う。

 アズの頭に手を置くと、アズははにかんで俺の手を受け入れた。


「ですから、変な空気にならないで下さいますぅ?」


 アレクシアの声が部屋に響いた。そんな空気にはなってない。


「使徒の力が継承されて、その力がアズちゃんの中で馴染んできた所に感情が大きく動いて表に出たんだと思います」

「……なるほど」


 良く分からん。


「強くなった……んだから良いんじゃないか?」

「負担が大きいですから、少しずつ慣らしていく必要があります。完全に馴染めば、権能以外は使徒様並の力になります。あくまで器が広がるという話ですけどね」


 結局地道に強くなる必要はあるらしい。

 やる事は変わらない、ということだな。


「頑張ります。お役に立ちます!」

「ああ、期待してるよ」


 一先ず、この街がどうなるかを確認しなければ。

 幸い店は手放さずに済んだが……。


 この後聞きに行くか。

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