第88話 一筋の光明

 馬を襲った犯人らしき何かの逃げる音が小さくなっていく。

 主人は立ち上がり、服に付いた汚れを払う。


「引っ張ってごめんなさい」


 アズが謝りながらカンテラを拾って主人に渡す。

 申し訳なさそうにシュンとしていた。

 カンテラは無事なようだったが、火が消えてしまっている。


「緊急事態だったから良いさ。助かったよ」


 アズはそれを聞いてほっとしたようだ。

 そう言って主人はカンテラに火を入れて周囲を照らす。


「今のは……」

「先に家に戻るぞ」

「分かったわ」


 アレクシアが先ほどの光景に考えを巡らせ始めたので、主人がまず帰宅を促した。

 外に居続けるのはあまり良くない。


 家に入り、暗い部屋に明かりを灯す。

 念の為全員で同じ部屋に集まる事にした。


 主人が奴隷の部屋に行き、4人で固まる。

 今すぐ眠る気分にはとてもなれなかった。


「先ほどの事ですけど」


 沈黙が場を支配しそうになった時、再びアレクシアが口を開いた。


「探知には最後まで反応しませんでしたわ。あれはなんですの」

「俺よりも背が高かったな……」

「前に窓の外に居たのと同じだと思います」


 アレクシアを皮切りに、思い思いの感想を述べる。


「言葉を濁さなくても良いと思いますけど」


 エルザはそう言うと、メイスを撫でた。


「いやしかし、流石に、なぁ?」

「ですわね……」

「銅像って動くんですか?」


 アズが不思議そうに言った。

 アズの目にははっきりと銅像に見えていたのだ。


「動かないわよ、アズちゃん。普通はね」


 エルザが良くできました、とでも言うようにアズの頭を撫でる。


「魔力で操ってゴーレムにしているのなら、探知で分かるはずですわよ。ひとりでに動くなんてあり得ませんわ」

「あり得ない事こそ、あり得ないんですよ。アレクシアちゃん」

「なによそれ」


 エルザがそう言う。

 アレクシアは何とも言えない顔をする。


「とはいえ、目撃情報だけでは誰も信じてくれませんからねー」

「まぁ、そうだな。それに言うとしても相手は警備隊だ。まともに取り合わないだろう」

「現行犯で取り押さえるしかありません。あの様子だと、次は人間を襲うでしょうね」


 主人はバカバカしいと思う反面、先ほどの光景が頭から離れない。


 血塗れの口と蒼い目は、次はお前だとでも言うように笑っていたようにすら感じる。

 もし一人で横になっていれば、一晩うなされていたかもしれない。


 こういう時に1人ではないというのは、思った以上に救いになると主人は感じた。

 明かりがついたままではあるが、時間と共に1人、又1人と眠りに就く。


 エルザは他の3人が寝入ったのを見届けた後、目を瞑った。





 次の日の朝、4人は身支度を整えた後銅像の前に来ていた。

 銅像には常に警備隊が2人待機しており、長々と見つめているとこちらを睨んでくる。


 これ以上は声をかけてくると判断して、じっくりと見た後退散した。


「動いた様子は無かったな」

「口元も奇麗でしたわ」


 血塗れだった口は綺麗に拭われている。


「目は閉じているので分からないですね……」

「まぁ、見てわかるようにするほど馬鹿ではないでしょう」


 思い思いの意見を述べる。

 馬が襲われた場所は綺麗にされていたが、馬小屋は空になっていた。


 住人は残っていたもう1頭の馬を連れて親族の居る街へ避難したそうだ。

 妥当な判断だと思う。


 途中で警備隊の姿を見た。


 やる気はないが、一応は見回りはしているらしい。

 これで少しは事態が好転すれば良いのだが、と主人は思った。


 見回りがあるため依頼もこなせない。

 冒険者組合には受注が溜まる一方らしい。


 このバカげた騒ぎは早めに終わらせなければ、街の経済が冷え込む一方だった。


 主人は遠くから銅像を睨む。


 主人からすればあれは完全に疫病神でしかない。

 太陽神だがなんだか知らないが、あの銅像に関わる度に酷い目にあっていた。


 この街の人間は少なからず同じ意思だろう。


 偶に太陽神の教徒らしき人物が像を拝むくらいで、広場はガラガラになっている。

 屋台なども景観を損なうという理由で追い出してしまったのだ。


 あれだけ賑わっていた筈の広場は見る影もない。


 その日の夕方、商人組合に呼ばれた主人は王国の王都の役人とようやくコンタクトがとれたことを聞かされる。


 この街は王国でも問題視され始めているらしい。

 税が納められていないのだ。

 多少のずれなども考慮されるので最初は見逃されていたが、未納期間が長ければそうはいかない。


 今まではキチンと税が納められていた為、王国からの使者などは送られてこなかったがようやく動きがある、とのことだった。


 視察の為、役人がこちらに向かうという情報に主人を含め安堵の声が上がった。

 領主の息子がいくら横暴を行おうとそれはこの街の中だけだ。


 そしてそれは王国の中枢が見逃しているから出来ていたこと。

 税の滞納などすれば、問題ありとされるのは目に見えている。


 夜の事件に関しては解決の目処は立っていないが、それでも大きな問題の一つが解決の兆しが見えたのは大きな希望だった。


 早ければ数日後に到着する。

 出来ればそれまでに夜の事件も解決してしまいたいとの意見が多数あり、警備隊も腰を上げた今こそ終わらせようと、組合長が声を上げる。


 賛同する声も多い。


 主人は周りに合わせるものの、もし銅像が本当に犯人ならばどうなるのだろうか。

 領主の館を占拠しているであろう太陽神教は静観するだろうか?


 主人は素直に朗報を喜ぶことが出来なかった。


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