第86話 除幕式

 広場の中央では人だかりが出来ていた。

 領主の息子と太陽神教が結託し、かなり強引に建造した太陽神像ではあるが、一目位は見ようと皆が集まった結果だ。


 太陽神像の前には既に領主の息子が待機しており、いまかいまかと除幕式を待っている。

 その隣にはかつて鉱石の迷宮でアズが遭遇した太陽神教の神殿騎士、エヴリスの姿もあった。


 高等司祭らしき人物の姿もある。


 枢機卿の姿はない。太陽神の像とはいえ、王国の街の銅像程度では参加しないのだろう。


 沢山の人が集まってはいるが、雰囲気そのものは穏やかではない。


 当然だ。この銅像の完成の為に多くの職人が駆り出されて日常生活に影響があり、領主の仕事は滞り、あげく夜な夜な魔物か何かが闊歩している。


 税も上乗せされていて生活が苦しい者もいる。


 当の本人である領主の息子はそんな事はお構いなしだ。


 高等司祭が彼に耳打ちし、領主の息子が頷く。

 胸を張って右手を掲げる。


「皆よく集まってくれた。今ここで太陽神像のお披露目といこうではないか。このアバウス・バーデンが栄光あるその役目を引き受けよう」


 アバウスはそう言うと、太陽神像を覆っている布を引っ張る。

 だが、引っかかって上手くいかない。


 エヴリスが部下に指示して手伝わせ、ようやく布が取り払われた。


 顕れたのは黒い銅像だ。


 見た目は偉丈夫の男で、頭髪は無い。

 ローブを羽織っており、右手には錫杖を握っている。

 装飾品は数多く取り付けられており、絢爛を思わせる。

 その目は閉じられていた。


 予算と多くの職人が動員されただけあり、期間が短い割に精巧に作られている。


 アバウスは盛大な拍手を待っていたようだが、観衆はざわざわとするのみだ。

 それが不満なのだろう。アバウスは見る見るうちに機嫌を悪くする。


「なぜ喜ばない! これは大変名誉な事なのだぞ!」

「まあまあ」


 そう言ってアバウスは地団駄を踏む。

 エヴリスがそれを宥めた。


「むぅ」


 すると、アバウスは怒りをひっこめた。

 その姿を見た観衆の1人が小さく呟く。


「俺達の声は聞かないのに太陽神教の声は聞くのかよ」


 その声はアバウスに届く。すぐさま激昂した。


「今誰が喋った! 私を侮辱するつもりか!」


 そう言ってアバウスが周囲を見るが、皆顔を伏せるばかりだ。

 今の一言はほぼ街の人達の総意である。


「……ふふ」


 アバウスの後ろにいるエヴリスはその光景を見てひっそりと笑う。

 滑稽な領主の息子と、それに嫌々従う領民。


「ンンンンンン。愚かしいですねぇ」


 エヴリスの声は誰にも届かずに消えた。




 主人たちは少し離れた場所でそれを見ている。


「あんなものに金が……領主の金でやるなら街は潤って文句は無かったが」


 主人は周りと少し違う理由で忌々しそうに銅像を見る。

 アズは主人に付いて来ただけで銅像にはあまり興味が無い。


 だが、アズが銅像を一目見た時右目が少しだけ痛みが走る。

 一瞬の事で、すぐに収まってしまった。


 銅像を見ていると、アズはカタコンベで見たあの四本腕のスケルトンを思い出す。

 あの銅像を見た時に感じたのは神聖さではなく、あの四本腕のスケルトンに感じたのと同じ威容と恐ろしさだった。


 四本腕の事を太陽神の使徒だとエルザは言っていた。

 だとすれば同じ印象を抱くのも不思議ではない。


 だがあれは太陽神の象徴ともいうべき銅像だ。

 抱く印象がそれでいいのだろうか、とアズは思う。


 隣のエルザはただ銅像を見ている。


「偶像、か。姿が見せれるくらいには近いのね」


 その声はアズにだけ聞こえたが、その言葉の意味はアズには良く分からなかった。


「……大したものじゃなかったな。帰るか」


 銅像の前ではアバウスが不機嫌そうにわめいており、人々は解散し始めていた。

 領主本人ならまだしも、家督を受け継いでいない息子だ。


 しかも最近は領主が病気で臥せているのを良い事に、領主代行を名乗って好き放題している。


 そんな人間に領民からの敬意が払われるはずもないのは、主人から見ても明らかだった。


 主人たちも銅像を見終わると広場を後にする。


「しょうもないもんを見せられたな」

「広場を通るたびに、ああやって見下ろされるのは怖いですね」

「普通、神様の像はもっと穏やかな感じじゃないのか?」

「そうなんですか? 私はそういうのあまり見たことが無くて」


 主人とアズが話しながら帰路につく。


 エルザは何時もの様に微笑みながら付いてくるだけだった。





 その日の夜。

 アズ達3人が再び見回りに出た。


 主人の部屋では帳簿を記す音だけが響く。

 夜が深まり、窓の外ではすっかり暗くなった頃に、窓から音がする。


 三回ほど、誰かが窓をノックした。


 主人が窓を開けると、するりと誰かが入ってくる。

 それはフィンだった。

 黒い髪に黒い衣装。夜ならば恐らく明かりを当てない限り誰にも見つからないだろう。


「よっと。良い家に住んでるね」

「もう調査が終わったのか」

「こんな田舎の領主の館なんて楽勝だよ。詳細はこれね」


 そう言ってフィンは4枚の紙を主人に渡す。


「早速の依頼ありがと。でもさ、なんなのあそこ」


 フィンがそう言いながら窓へ向かう。


「あれじゃあ領主の家じゃなくて、神殿か何かだよ」


 そう言ってフィンの姿が夜に消える。

 主人は受け取った紙を眺めた。


 ……そこに記されていたのは主人の予想よりも悪いものだった。


 領主は生きているものの、恐らく無理やり生かされているだけ。

 領主の屋敷の中は既に太陽神教が乗っ取っている状態にある。


 内部は既に神殿化されつつある。

 恐らく領主の部下などは既に屋敷には居ない。


 そういった内容が記されていた。


 実質この街は乗っ取られている。


 報告書の最後には、さっさと引っ越したら? と追記されてあった。





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