第85話 見回り開始

 日が沈む手前、アズ達は主人に見送られながら道具屋から見回りに出発した。


 冒険者達や商人と契約した傭兵、私兵が担当エリアを分けて見回りをすることになっている。


 アズ達は主人が請け負ったエリアを見回る事になったので、地図を確認する。

 それなりといった範囲だ。


 時間が時間なので、仕事を終えて帰路につく僅かな人とすれ違うだけだ。


「それにしてもなんなのかしら」


 そう言いながら、暗くなる前にアレクシアが明かりの魔法を発動させる。


「魔物でも入り込んだんでしょうか?」

「そうかもしれないね」

「ほんと、ここの領主は何をしているのかしら」


 肉食の小型の魔物が入り込み、夜な夜な犬や猫を襲う。

 あり得ない話ではない。


 路地を見かける度にアズがのぞき込み、アレクシアが道を照らす。

 今のところ何も見当たらない。


 ただ、僅かな血の跡が見える。


 幾つかの路地を確認しつつ、担当エリア内を歩く。

 日が完全に落ちてしまい、暗くなる。


 街灯は魔石に費用が掛かるからか、申し訳程度にしかない。

 アレクシアの魔法がなければ足元を見るのも苦労するだろう。


 遠くではカンテラの火やアレクシアの様に魔法で照らす明かりが見える。

 アズ達と同じように街を見回っている。


 エリアの端で他の見回りをしている人物と遭遇する。

 以前羊狩りの時にアズを手助けしてくれた冒険者だった。


 アズが頭を下げると、お互い無事に終わろうと声を掛けられた。


「今のところ異常なし、ですね」

「ですわね。探知の魔法も見回りの人以外はひっかかりませんでしたわ」

「とりあえずは平和かなー」


 見回りの開始と共に、街の中ではしばらく夜の外出はしないように住民間で決まっていた。

 家には鍵をかけ、親しい相手以外は扉を開けない事も改めて周知された。


 危険防止の為の処置である。

 警備隊の仕事の筈なのだが、警邏している様子もない。


 その為アズ達も日が落ちてからは、見回り人員以外とはすれ違っていない。


 広場に到着する。

 屋台には布が掛けられ、店は当然全て閉まっている。


 中央には台座が置いてあり、その上に布が被さった何かがある。


「例の銅像ですよね、これ」

「そうね。この大きさだともう完成してるのかしら」


 アレクシアとアズが近寄り、明かりを灯してみる。

 特に何もない。


 見回りの範囲はこれで半分ほどだ。

 残り半分を終えて、今日は終わり。


 アズがそう考えていると、エルザが銅像を見つめているのに気付いた。

 エルザは創世王教の司祭であり、ここで作られている銅像は太陽神を象ったものだと聞いている。


 なにか思うところがあるのかもしれない。


「エルザさん、行きましょう」

「うん、今行くね」


 アズが声をかけると、エルザがアズの方へ向き直る。

 結局残りのエリアも何もなく、この日の見回りは終了した。


 ただ、猫一匹見かけなかった。

 以前はこれだけ歩けばどこかで姿を見たはずだ。


 見慣れたはずの街がアズには不気味に映る。


 道具屋に戻ると、主人の部屋には明かりがついている。

 アズが扉をノックし、少しだけ待つ。


「入れ」


 アズが扉を開けると、主人はまだ仕事をしていた。

 随分と帳簿が溜まっているらしい。


「どうした、座れ」


 アズ達が絨毯の上に座る。

 見回りの報告を終えると、主人はご苦労と労いの言葉をかけた。

 他に用が無ければ退室しようかなとアズが思っていると、主人が口を開く。


「ああ、そういえば。もう見たかもしれないが、あの銅像が明日除幕式をするらしい」

「布が被さってました。やっぱり完成していたんですね」

「忌々しい事にな。俺の金が使われているから腹立たしいが見に行くつもりだ。お前達はどうする?」


 アズは行くと返事をし、アレクシアは強制でないなら興味が無いので行かないと答えた。


「私も行きますよ」


 エルザはそう答える。


「無理に行かなくても良いんだぞ」

「無理なんてしてませんよ。ただ見に行くだけですから」


 エルザは何時もの様に微笑んだままだ。

 その感情を読み取るのはアズには難しかった。


「好きにしろ」


 アズ達が退室しても、主人は仕事を続けていた。

 アレクシアとエルザは部屋に戻る。


「アズ、部屋に戻らないの?」

「ちょっとしたら戻ります」


 アズは部屋に戻らず炊事場に行く。

 ここは魔石により自動化されている。


 湯を沸かし、蜂蜜とリンゴ酢をコップに入れて湯で割る。


 炊事場の中のものは自由に使っていいと主人からは言われている。


 アズはそれを持って再び主人の部屋に行く。

 改めて部屋をノックして、返事を待ってから入る。


「なんだアズか。どうした」

「あの、これ」


 アズがコップを主人に渡す。

 主人は仕事の手を止め、それを受け取る。


「丁度喉が渇いてた。ありがとな」

「いえ、そんな」

「そうだ、これ」


 主人はそう言って、個包装された飴をアズに渡す。


「黄金リンゴの果汁入りだ。他の2人には内緒だぞ」


 黄金リンゴ。余りの美味しさに食べれば寿命が延びると言われている。

 最上級冒険者にしか入手できない超高級食材である。


 アズが当然食べたことは無い。


 途中で何か起きて納品できない黄金リンゴは、このように果汁が絞られて加工される。


 主人が包装を開けて飴を口に入れたので、アズもそれに続く。

 飴を口の中に入れた瞬間、様々な甘みと共に香りが口の中に広がる。


 アズが生きてきた中で間違いなく一番の美味だった。

 飴は溶ける様にすぐ無くなってしまった。


「美味しかったです……」

「そうか。いずれ自分でとれるようになったら、黄金リンゴそのものを食べれるぞ」

「頑張ります!」


 今までで一番の返事が返ってきた。

 その剣幕に主人も少し驚く。


「今日はもう寝ろ」

「はい、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ。アズ」



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