第81話 さらばスパルティア

 宿へと向かう最中、アズがお腹をさする。

 エルザがそれに気づいて声をかけた。


「どうしたのアズちゃん?」

「いえ、何か違和感が……」


 そう言ってアズが手を服の中に入れる。

 すると、服の中に小さい羊皮紙が挟まっていた。


 取り出してみると何か書いてある。

 アズが羊皮紙に書いてある内容を読む。


「えっと、何か頼みたい仕事があれば仕方ないから請け負ってあげる。この番号宛に冒険者組合に依頼を出しなさい。だそうです」


 それはフィンからのメッセージカードだった。


「営業ですわね」

「営業だな」

「ご主人様によろしくってこれのことだったんですね……」


 アズが主人に羊皮紙を渡す。

 主人はそれを受け取り、眺めて仕舞った。


 闘技場の周辺には、この時間でも出店や屋台が開いていたので食事はそこで済ませる。


 宿につく頃には、アズも少しは心の整理が付いて来たようだった。

 会話の中で笑顔も見られるようになる。

 諸々を済ませて、横になるとすぐに眠りに就いた。





 次の日の朝、一番早く起きたのはアズだった。

 大きく伸びをして、髪を束ねて井戸へと向かう。


 水を汲み、顔を洗って眠気を覚ます。

 タオルで顔を拭く。


 手触りの良いタオルで顔を拭く事にも慣れてきたなとアズは思った。

 贅沢だなとも思うが、主人が認めているのだからそれに従うのみだった。


「早いのね、アズ」

「あ、アレクシアさん。今どきますね」


 アズが場所を空ける。アレクシアは一言礼を言って手や顔を水で流す。


 アズはアレクシアの髪や顔を見て、奇麗だなと思う。

 同性ながらアズが見惚れるほどに。

 アレクシアも顔を洗い終わる頃に、エルザが眠そうに起きてきた。


「おはようございますー」


 エルザは普段はしっかりしているものの、朝は少しばかり弱い。

 小さな欠伸を手で隠しながら歩いてくる。


「しっかりしなさいよ。司祭なんでしょう」

「咎める人もいないし、良いじゃないですか」


 アレクシアの小言をエルザは受け流した。

 何時もこんな調子だったが、不思議とアズから見て二人の仲は悪くない。


「水が冷たい……」


 桶に入った水に手を入れた後、そう言ってエルザがアレクシアを見る。


「暖かい水がいいなぁー」

「ああもう、素直に頼みなさいよ」


 アレクシアが右手の人差し指と親指をくっつけ、動かして音を鳴らす。

 すると、桶に汲んだ水の中に小さい火が出現し、水の温度が上がると消えた。


 朝は少し肌寒い気温だ。アズは慣れているので気にならないが。

 桶から湯気が出る。


「暖かい。ありがとうねアレクシアちゃん」

「ちゃんはいい加減止めなさいよ……」


 アレクシアはそう言って両肩をすくめる。


「あら、照れてるの?」

「アズ位の年ならまだしも、私には恥ずかしいって言ってるの」

「そういうものなんですか?」


 3人が話していると、ようやく主人が来る。


「よっ」


 そう言って3人に挨拶し、顔を洗う。

 3人が挨拶を返す頃にはもう顔を拭いていた。


「朝飯を食べたらもう出発するからな」

「分かりました」


 用事は既に終わっており、コロシアムの為に滞在していたのだ。

 それも終わったのだし、さっさと帰って仕事したいというのが主人の本音だった。


 帳簿が山ほど溜まっているのは確実だ。


「忙しないですわねぇ」

「ふふ。でも確かに家が恋しいかも」


 朝食は宿に用意してもらった。

 

 大きな鳥の魔物の卵を使った料理だ。

 ふわふわのオムレツに、芋。

 付け合わせに刻んだ葉野菜の塩漬け。


 食べ終わると部屋に戻り、身支度を整える。

 荷物を纏め、部屋を元に戻す。


 宿の主人は大部屋が空くので残念そうだった。


 宿から出て馬車を出す。

 馬の世話をしてくれていた宿の青年に礼を言い、馬車に乗り込んだ。


 青年は闘技場に試合を見に行っていたようで、3人の健闘を称えた。

 ちなみに話を聞くとフィンはあの後棄権したらしい。

 優勝したアルヘッヒとスパルティア王の戦いは余りにも激しすぎて、舞台が壊れてしまい、ドローとなったとか。


 とんでもないなと主人は思った。


 門まで来ると、戦士達が門番をしている。

 ダーズが門番の戦士と何か話していた。


「おや、君たちは。もう行くのか」

「ええ。長居しすぎました」

「快適に過ごせたならよかった。また来るといい」

「勿論。ここに来ると儲かりますからね」


 主人がそう言うとダーズが笑った。


「商人は決まってそう言うな。君たちのお陰で皆に活が入ったよ。私も更に鍛えなければな」


 ダーズがそう言いながら去っていった。

 荷物の厳しいチェックを終え、門が開かれる。


「良い旅を」

「ありがとう」


 門番と挨拶を交わし、スパルティアを出発する。

 御者はしばらくは主人が担当することにした。


 奴隷達3人は元気そうだが、体はまだ疲れているだろうという判断だった。


 別に奴隷なのだから遠慮なく使い倒しても良いのだが、不満というものは一度溜まると消えないものだ、と主人は思っている。


 仮に消えても何かの拍子にすぐ復活する厄介さ。

 使い潰すならそれでもいいのだが。


 しかし奴隷達はまだ全員若いのだ。

 これから長く稼いでもらうには、やはり福利厚生が大事だろう。


 給料の代わりに、生活水準を上げる。


 新しい奴隷に関しては、考えはしたが難しい。

 家の関係でこれ以上増えると手狭になるのだ。


 家を買って奴隷達の家を用意しても良いのだが、手元に置いておきたい気持ちもある。


 店を大きくするのが解決としては一番なのだが、そこで領主の息子の事を思い出し、主人はため息を付きながら馬を走らせた。














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