第82話 帰り道
スパルティアからの帰り道は、行きに比べかなり早く進んだ。
それも当然だ。
行きは奴隷達が足を伸ばせない程度には馬車の荷物スペースに荷が積まれていた。
その重さもあり馬がスピードを出せず、疲れも早かったので休憩の回数も自然と増える。
積荷をスパルティアですべて売り払い、宝石類に変えた結果馬車はほぼ本体の重さと乗っている4人分の重みになる。
「気持ちよさそうに走ってますね」
「荷が軽いからな」
御者をしている主人に、実を差し入れにきたアズが、そのまま隣に座る。
主人は果実を受け取ると、清潔な手ぬぐいで拭って齧る。
果肉から果汁が溢れ、主人の手を濡らしたので舐め取った。
水分が多く、水筒代わりに食べられる事もあるスパルティアで栽培されている果実だ。
王国でも似たような果実があるが、こちらの方が汁気が多い。
程よい酸味と少し甘みの果汁で主人の喉が潤う。
「これを栽培したら売れそうだな」
「どこで栽培するんですか? 裏庭に植えます?」
「俺がやる訳ないだろう。そこまで暇じゃない。農家に持ちかけてみるだけだ」
頷いてアズも果実を齧る。
口が小さいので、アズが食べている姿を見ていると小動物が食べている姿を主人は連想した。
見られている事に気付いたアズが、もごもごさせながら手で口を隠す。
アズは一度口の中のものを飲み込んで、主人の方に向き直った。
「なんですか?」
「美味いか?」
「えと。はい、美味しいですよ」
子供にも人気ならかなりいけるかもしれない、と主人は呟く。
アズは結局何だったのか良く分からないので、少しだけ主人の顔を見ながら考えていたが、再び果実を食べ始める。
後ろの二人は、先ほどまで聞こえていた話し声が聞こえなくなった。
眠ってしまっているのだろう。
アズと主人は二人とも果実を食べ終わり、手を拭く。
そしてそのまま静かに時が流れる。
聴こえる音は馬が馬車を引く音と風だけ。
緩く流れる風はアズの銀色の髪を揺らす。
アズの髪が少し伸びてきたなと主人は思った。
エルザが偶にアズの髪の毛先を整えているらしい。
孤児院でもそうやっていたのかもしれない。
やがて主人の隣でアズの静かな寝息が聞こえてきた。
主人は薄い毛布をアズの腰から下に被せておく。
順調に進み、昼頃になると寝ていたアレクシアが起きる。
エルザが肩に寄りかかっていたので、アレクシアはぐぃっと押し退け、そのまま反対の壁に押し付けた。
それでもエルザは起きない。夢を見ているのか寝言をつぶやいていた。
主人がアレクシアが起きたのを確認すると、御者の席から中へ顔を出す。
「起きたなら昼飯の準備をしてくれ。パンと燻製した羊の肉があるだろ」
「分かったわ。一度馬車を止めるの?」
「確か川があるはずだ。そこで一度止めるが、馬に水を飲ませるだけだ」
アレクシアはそう、とだけ返事をして4人分の食事を用意し始める。
案外素直だなと思った主人だが、アレクシアは気にせず手慣れた様子で準備している。
貧乏貴族で盗賊討伐や魔物退治に遠征もしていたようなので、そもそもこういう事に慣れているのだろう。
見た目は完全に貴族の令嬢といった風体なのだが、その苦労が少し想像できてしまった。
主人がそんな事を考えていると、アレクシアが燻製肉を挟んだパンを差し出してくる。
「ほら。……なんですの、その顔は」
「いや、別に」
主人はパンを二つ受け取ると、アズの肩を揺すって起こしてパンを渡した。
後ろでは、なかなか起きないエルザをアレクシアが苦労して起こしている。
食べながら移動すると、程なくして川に到着する。
未だに食べ終わらないほど堅いパンを齧りながら、馬に水を飲ませる。
魔物もあまり見かけなかった。
角ウサギを偶に見るが近寄っては来ない。
この辺りの主だったエトロキが死んだのが大きいのかもしれませんわね、とアレクシアは呟いた。
浄化した水を馬車に少し積み込み、再び出発する。
魔物の襲撃もなく、一日でかなりの距離を進めた。
明日には帝国領に到着するだろう。
太陽が少しずつ姿を隠していき、青い空の色が赤い色に変わり始めた。
そんな時、数人の人影が見えた。
馬に乗ってこちらに来ている。
どいつも全身を灰色のフードで被っており、見ただけでは誰か識別できないような恰好をしていた。
「はぁ。風景をのんびり眺める楽しみも許されないとは、癪ですわね」
アレクシアの合図で主人は馬車を止める。
アレクシアは既に戦斧を握っており、それを見たアズも剣の柄に手を置いた。
エルザはいつの間にかメイスを握っている。
恐らく盗賊かもしれない。
「止まってマントやフードを脱ぎなさい! そのまま近づくなら盗賊と見做しますわ!」
向かってくる数人の人影に大きな声でアレクシアが叫ぶ。
聞こえたはずだが、それを無視して彼らは剣を抜いて来た。
盗賊確定だ。
アズが剣を抜こうとするが、それより先にアレクシアが魔法を唱え火柱を盗賊の下から打ち上げる。
盗賊達は火柱に打ち上げられて、地面に叩きつけられた。
それで終わりだ。息はあるが、動けそうなものは居ない。
アズは少し唖然としている。
エルザは凄いですねー、と笑いながら言っていた。
「ふん。当然ですわね」
アレクシアは髪をかき上げた。
呆気にとられている主人に気付くと、鼻を鳴らした。
「何を驚いていますの……。あのコロシアムの参加者に比べたら雑魚ですわよ雑魚」
「そういえばそうか」
「トドメは刺すとして、アジトは行きます?」
「いや、止めておこう」
主人はそう判断する。
宝を溜め込んでいるならいいが、無駄足になっては困る。
勿論これが依頼なら主人は遠慮なく仕事として奴隷達に行かせるのだが。
「こいつ等の被害が大きいなら依頼が出されているだろうし、それを解決するのは俺達じゃなくても良いだろう」
「ま、そうですわね」
アレクシアもさして興味はなかったのか主人に同意した。
そしてそのまま止めを刺していく。
アレクシアは顔色一つ変えない。
戦場にも出ており、領地で現れた盗賊を父親や部下と共に討伐していたのだ。
こういう事に慣れている。
アズは堪らず流れる血に思わず顔を背けた。
魔物は慣れたが、人の血には抵抗がある。
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