第79話 コロシアムに飽きてきた主人

 大道芸のようなシュセイの戦いを見ながら、主人は横を見る。

 隣のアレクシアは立っている姿も様になっていた。


 それを眺めながら主人は口を開く。


「なぁ、アレクシア」

「なんです?」

「コロシアムを見るのが飽きてきた」

「んな、ちょっと!」


 アレクシアは、何を言ってるんだこいつという顔で主人を見た。

 続いて主人を指さす。


「誰の命令で私達が参加したと思ってますの!?」

「いや、お前らの試合を見るのは楽しいんだが、他の試合がな」


 主人はトーナメント表を見る。

 彼からすると知らない人間が殆どだ。

 彼が知っている有名人は戦士ではなく皆商人だ。


「知らない連中ばっかりだ。有名な戦士とか言われても分からん」

「それはそうでしょうけど」

「最初は周りの熱気に当てられたんだが……」


 どうやら目の前の試合でタンクトンが勝ったらしい。

 主人は既に興味が無い。


「賭けの倍率も落ちてきたからなぁ」

「10倍という数字が出たのがおかしいですわよ。アズは弱くはありませんのに」


 アレクシアの言葉に主人が金貨を入れた袋を揺らす。

 12枚の金貨が入っていた。

 アズに賭けて得た戦利品だ。


「ああ、実際よくやってるよ。次はエルザか」

「……聞きたいのですけど」

「なんだ?」


 選手たちが入れ替わる。


 エルザとダーズが入場するのを眺めながら、アレクシアの疑問に主人は耳を傾けた。

 エルザが観客席に手を振る。エルザの人気も中々良い。


 お金を払えばエルザと握手出来る権利を売る。

 そういう商売はどうだろうと主人は考えていた。


「エルザも奴隷商から買ったのでしょう?」

「そうだよ」

「……よく買えましたわね」

「それなりに金は掛かったよ」

「いくら?」


 主人は基本的に奴隷達の扱いは差をつけていない。

 アズは最初の奴隷だからか、無意識に少し優遇してるかもしれない。

 奴隷達に本人以外の値段も教えたことは無かった。


「お前よりは安かったとだけ言っておこう」

「そう」


 アレクシアはそれだけ言うと黙った。

 主人はアレクシアの質問の意図を考えるが、答えは出ない。


 アレクシアは買われた額で他の奴隷に対してどうこうという人間ではない。

 貴族であった頃からの誇り高さは変わらない。


 貴族時代は色々とままならなくて大変だったようだが、と主人は思った。


 エルザとダーズの試合は、残念ながらエルザの相性が悪い。

 アレクシアが、スパルティアの戦士に対して相性が良かったのとは対照的だ。


 エルザは祝福込みならば見た目よりずっと怪力で、その力でメイスを振ろうと盾を砕けるほどではない。

 スパルティアの戦士の使う盾なら猶更だ。


 司祭の防御が堅いと言っても、盾で押されれば関係ない。

 足腰の強さが違う。

 相手がダーズ程の戦士でなければ、まだ可能性はあったたかもしれないが。


 エルザが場外に吹き飛ばされた。

 ダメージは余り受けていない様だ。


 あっさりと決着が付いた。

 主人は別にエルザの負けは気にしていない。

 後はアズだけだ。あと少しで終わる。

 勝っても良いし、負けたら早く帰れる。


 エルザは癒しを自分に施し、修道服の汚れをはたいて落とす。

 その後退場していった。


 ダーズも居なくなり、舞台は無人になる。


 20人中14人が脱落し、残り6人。

 アズはシード枠になるからベスト4入りは確定だ。


「アズ、強いんだなぁ」

「貴方が扱き使ってるせいでね。初めはただの女の子だったんでしょ」

「それはまあ、そうさせる為に買ったんだし。お前も含めて」


 奴隷を買って働かせれば、自分が働かなくても金が入る。

 主人が選んだのはその中で冒険者をさせることだった。


 もちろん、生存率を上げるために色々な手は尽くした。

 その結果が今のアズ達だ。


「負けちゃいましたー」


 後ろからエルザの声が聞こえた。

 試合が終わったエルザが主人たちと合流する。

 流石にエルザも立たせると通路を塞いでしまう。


 次の試合はフィンとオビアスだ。

 飽きてきている主人は、無理に最初から観る必要はないだろうと判断し、立見席へ移動する。


 エルザにも激励するために尻を叩こうか主人は考えたが、反応が予想できないのでやめた。

 それに負けを気にしていなさそうだ。



 立ち見の席もほぼ埋まっている。

 後ろの方で3人は舞台を眺める。先ほどの席に比べると随分遠いのだが、問題はない。


「後はアズちゃんだけですね」

「そうね。というかエルザ聞いてよ。この男、コロシアムに飽きたとかいうのよ」

「あら、まあ。アズちゃんには言っちゃだめですよ。ご主人様?」


 一番頑張ってるんですから。とエルザは付け加える。


「言われるまでもない。アズはちゃんと稼いでくれたからな」

「コロシアムは商談のついでとか言ってたくせに……」


 アレクシアはため息を付いた。

 どうにも主人の人となりがまだ掴めない。


 そもそもこうしてスパルティアに一緒に来るまでは、長時間共に過ごしたことは無かった。


 アレクシアから見た主人は、金が好きなのだけハッキリしているのだけど、その割には奴隷達に金も使う。


 仕事道具のメンテナンスにお金をかける様に。


 金そのものが好きというよりは、より金を稼ぐのが好きなのかもしれない。

 間違いないのは、この主人が物好きな変人であることだけだった。


 アレクシアはそう結論付け、一人で納得する。

 その光景を主人は訝しげに眺める。


 そうしている間に試合は進み、どうやらフィンが勝利したようだ。

 かなりボロボロになっている。


 スパルティアの戦士に勝つとは大したものだ。


 主人たちの居る遠くからでも余裕のなさは見て取れた。

 フィンが退場する。


 その後ろ姿を見て主人は呟いた。


「次はアズと当たるのか。余りあいつとアズと戦わせたくないな。悪い影響が出そうだ」

「……そうね。それには同感だわ」


 アレクシアは主人の意見に同意した。

 アズは良くも悪くも純粋無垢だ。対してフィンは腹に一物抱えている。


 余り良い組み合わせではない。


 次の試合。

 ダーズとアルヘッヒの戦いは、ダーズがかなり粘ったもののアルヘッヒが最終的に勝利した。


 ダーズは戦士としては超人と言っていいが、それは人の領域だ。

 アルヘッヒは人の形をした災害のようなものだ。


 もしダーズが戦場でアルヘッヒに遭遇したなら、戦士たちを率いてファランクスを用いて戦うだろう。


 スパルティアの戦士の真価は個人技ではなく、集団戦での強さにある。







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