第78話 竜殺しという英傑

 インターバルが終了した。

 洗濯屋にアズの着替えを渡し、主人は席に着いた。


 審判がまず登場し、再開の挨拶を行う。


 審判の声で選手が入場してきた。

 2回戦第4試合。


 魔道騎士アレクシア対竜殺しアルヘッヒ・ドラゴン


 この試合の賭けは不成立だ。

 アルヘッヒ・ドラゴンに賭ける者が多すぎて賭けにならない。


 竜殺し。名のある竜を1人で倒し、それを自らの名前にする。

 北の極寒の国に住む英傑の一族。

 彼等はより強い竜の名を求めるという。


 今はもうかなり減ってしまったらしい。

 当然だ。そんな生き方で長生きできるわけがない。


 予選では肉体強化に特化した魔導士を、そのまま力でねじ伏せた。


 フルプレートの鎧を着ても苦にしない凄まじい筋力。


 アレクシアの顔は緊張していた。

 アレクシアの家は元々武闘派の家だ。竜殺しの高名さも知っていた。



 審判が試合開始を宣言する。


 アレクシアは相手との距離があるうちに、魔法を詠唱する。

 威力が高く、そしてなるべく早く撃てる魔法を選択した。


 戦斧を杖代わりにアルヘッヒへ向け、魔法を発動させる。


 複数の火球を出現させ、それを加速させて撃ちだす。


 魔法の火は生命にとって脅威だ。

 当たるだけで火が回り、延焼し火傷を負わせる。


 衝撃の魔法を加えれば、打撃によるダメージも見込める。

 フルプレートの上からでも火の熱が伝わり、苦しめるだろう。


 アルヘッヒは向かってくる火球を、右手で撫でる様に触れ優しく弾いた。

 それだけで火球が消える。衝撃ごと。


 幾つかを弾き、最後の火球を握りつぶす。


 アルヘッヒの右手の手甲からは僅かに煙が上がっていた。


 アルヘッヒはやがてゆっくり歩き始める。

 それを見たアレクシアは、あらゆる魔法を試みる。


 爆発の魔法を撃ちこんでも歩みが止まらない。

 アルヘッヒはただ歩くだけだ。


 それが止められない。


 火の嵐の魔法を正面から受けても意に介さない。


 アレクシアが風と火の魔法を合わせ、熱線の魔法を唱える。

 初めてアルヘッヒは防御態勢を取った。


 背中のマントを左腕を動かして手前に移動させ、熱線に当てる。


 ただのマントではないのか、熱線がマントに当たっても燃えずに拡散した。

 そのまま歩みを再開する。


 熱線の魔法が終了した。


 マントを翻し、再びアルヘッヒはただ歩く。


 アレクシアは火の魔法から切り替え、衝撃の魔法を放つがアルヘッヒは拳で弾く。

 水の魔法は何もせず無視した。


 アレクシアとアルヘッヒの距離はもう最初の半分もない。


 アレクシアは戦斧の底を地面に付け、両手で戦斧の腹を掴む。

 火の魔法、それもただの魔法ではない。


 威力を追求した大魔法を詠唱する。

 エトロキの心臓を焼き切った魔法だ。


 本来このような一対一の戦いで使える魔法ではない。

 詠唱が長すぎる上に、その間無防備になる。


 その間に攻撃されてアレクシアが負けるからだ。


 だがアルヘッヒは急いで距離を詰める事もせずに、ただ歩くだけ。

 尤もその歩みがアレクシアには止められないのだが。


 あと一歩でアルヘッヒがアレクシアに手が届く距離で、大魔法は完成した。


「フレイムライン」


 アレクシアの魔力を大量に消費し、圧縮された火を生み出す。


 アレクシアの魔法の中で、この魔法が一番火力が高い。

 今回はそこに衝撃の魔法を重ねる。


 手のひらに収まる大きさの火が、今まさに爆発せんと震えている。

 それをアレクシアの魔力が抑え込んでいた。


 アレクシアはそれをアルヘッヒに向けた。

 これは人間に使う魔法ではない。この闘技場が選手を保護するのが分かっているからようやく使える魔法だ。


 小さな火がアルヘッヒへと飛んでいく。


 アルヘッヒが初めて剣を抜いた。

 柄の部分に竜の意匠が施され、それ以外はただ武骨な剣。


 その剣でフレイムラインを突く。

 その瞬間、圧縮された火が衝撃を伴いアルヘッヒへと放出される。

 それは剣先によって拡散された。


 相当な負荷が掛かっている筈だが、剣先が微動だにしない。

 火の熱で少しずつ剣が赤くなる。


 フレイムラインが消えた時、アルヘッヒの剣は赤々と熱を蓄えていた。

 しかし柄の部分には熱が伝わっていない。


「まだ、やるか?」


 アルヘッヒはアレクシアの前まで来ると、一言そう言った。


「……棄権しますわ。これが竜殺しですか」

「そうか。最後のは少し良かった」


 アレクシアは両手を上げて棄権を示した。

 審判がそれを認め、第4試合は決着する。


 竜を1人で打ち倒す英傑を前に、アレクシアはまだ及ばない。

 それだけだった。


 アルヘッヒが退場し、アレクシアも舞台から去る。

 アレクシアの健闘をたたえてか、多くの拍手があった。


 主人もそれに倣う。


 確かに、これでは賭けが成立しない。

 人間の形をした災害とでもいうべきだろう。


 圧倒的な優勝候補だった。


 2回戦第5試合。


 酔っ払い武闘家シュセイ対スパルティアの戦士タンクトンの試合だ。


 老練且つ酔っぱらっているシュセイの不思議な動きに、タンクトンは些か戸惑っている。

 槍を突き出せばその上に乗り、盾を繰り出せば勢いが乗る前に肩からぶつかって相殺した。

 力で押すといつの間にか盾の前から居なくなる。


 距離が開けばシュセイは酒を飲んでいる。




 それを眺めていると、アレクシアがこちらに来た。

 流石にバトルドレスでは目立つし露出も多いからか、既に着替えている。

 着替えていても、その綺麗な容姿は目を引くのだが。


 少しばかりしおらしい。どうやら負けたのが応えた様だ。


 だが座る場所が無い。

 幸い隣はあまり使われない通路なので、主人はアレクシアをそこに立たせた。


「ま、こういうこともあるだろう」

「それは慰めてるんですの? はぁ。あんなの反則よ」


 それには主人も同意する。魔法を物理的にねじ伏せていた。

 力が強いとかそういう段階ではない。


 アレクシアが落ち込んでいたので、主人は気合を入れる為にケツを叩く。

 まだ2人の応援が残っている。


「ちょっと、もう!」


 アレクシアは真っ赤になって主人に抗議した。




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