第73話 魔導騎士対魔導士

 午後。休憩時間が終了し、1回戦が再開される。

 第5試合。

 現れたのは如何にもな魔導士と、戦斧を持ったアレクシアだった。


 アレクシアは待ちくたびれたとでもいうように、戦斧をもって大きく体を伸ばす。

 バトルドレスにより些か露出が多い為か、男性の観客からの視線を集める。


 とんがり帽子をかぶった魔導士は、大きな本を右手に持っていた。

 流浪の魔導士、ヤーファン。


 青年……というよりはまだ少年の魔導士だ。

 だが、魔導士の年齢は見た目通りとはいかない。


 審判により、試合の開始が宣言された。


 アレクシアは魔導士を相手にいきなり戦斧を持って突っ込む……筈もなく。


 試合開始と同時に魔導士同士、詠唱を始めた。


 アレクシアは、火のブローチによる補助が受けられる火の魔法を。

 ヤーファンは雷の魔法を選択する。


 アレクシアの周囲には火の属性を詠唱する事により、赤い光が満ち始めヤーファンは紫電を纏い始める。


 お互い選択したのは中級に属する魔法だった。


 威力があり、それでいて出が早く、当てやすい。

 実戦的な選択。


 アレクシアは、今唱えている火の魔法に風の属性を混ぜ込む。

 こうする事で一気に攻撃範囲が広がる。


 予選で得た感覚を完全にモノにしていた。


 アレクシアが戦斧をヤーファンへ向ける。

 アレクシアは自分の魔法が相手の魔法を凌駕する確信がある。


「バーン・ストーム!」

「エナジー・ボルト!」


 詠唱が終わるのは同時だった。

 火の嵐がヤーファンへと迫る。


 ヤーファンの放った雷は火の嵐の中で一斉に放電し、半分ほどを消し去った。

 しかしその時点で込められた魔力が失われ、雷が消える。


 残った火の嵐がヤーファンを包む。


「複合属性の魔法かぁ」


 ヤーファンはそう呟くと、本の背表紙を右手に握りしめ、あろうことかそのまま本で火の嵐へ殴りかかった。


 すると殴った場所から水の魔法が出現し、火の嵐を削り取る。


 ヤーファンが魔法を唱えた形跡はない。

 本を振り回すだけで魔法が出現している。


 火の嵐をあらかた消し飛ばしたヤーファンは、アレクシアに向き直る。


「……また珍しいですわね」


 オートスペル。

 自動魔法という概念だ。

 魔石を使った魔道具に近い。


 それを本に封じ込め、ヤーファンの意思一つで発動させているのだろう。


 ヤーファンがその本を手に入れたのではなく、自分で作ったのならば。

 相当優れた魔道具職人と言える。


 ヤーファンの魔力は見る限り、雷の魔法分しか減っていない。

 火の嵐を消した水の魔法による消耗はなさそうだ。


 どれだけの魔法と魔力が、あの本に込められているのか。


 牽制用の魔法を準備しつつ、アレクシアはヤーファンの持つ本を見る。


「ふふ、驚かないんだね。予選で見られていたのかな」

「別に。驚くほどの事ではないだけです」

「そう? ならこれから驚いてもらおうかな」


 ヤーファンはそう言うと、本を開く。

 それだけで魔法陣が展開され、自動で魔法が展開されはじめる。


 ヤーファンは本で魔法を展開しながら、自らも魔法を詠唱する。


 アレクシアが予選で獲得した技術とはまた違う。


 これは個別に魔法を準備しているのだ。

 単純に魔導士が2人に増えたようなもの。


 アレクシアは牽制用の魔法をキャンセルし、火の壁の詠唱を行う。


 ヤーファンによる雷の魔法、そして本による水の魔法が放たれると同時に、アレクシアは火の壁でそれを押しとどめようとする。


 だが2つの魔法を相手に、強化されているとはいえ火の壁1枚では弱すぎる。

 しかし少し時間を稼ぐことはできた。


 アレクシアは戦斧に火の魔法を纏わせて、火の壁を抜けてきた2つの魔法を戦斧で弾く。

 相殺は出来たが、衝撃で後退させられた。


「お見事。魔法剣、いや魔法斧か。強力だけど、欠点もある。使い手に言うまでもないけれど」


 武器に魔法を纏わせると、常に魔力を消費し続ける。

 同時に魔法を使う事は不可能ではないが、消費はより激しいものになるだろう。


「まぁ、わたくし別に魔導士が本業ではありませんし」


 そう言ってアレクシアは髪をかき上げた。

 アレクシアの本業は騎士である。

 魔導士としての才能があり、戦いに便利だから修めて使っていただけだ。


 彼女の主人の意向で、主に魔導士として振る舞っているに過ぎない。

 パーティーバランスを保つという理由で。


 だが、これはこれで魔導士としての修練には非常に良かった。

 本職の魔導士相手にどれだけ通じるかも確認できた。


 だが、流石に魔導士としてこのまま勝利するのは骨が折れる。

 ならば、騎士として戦うのみ。


「さて、いきますわよ」


 火の魔法が込められた戦斧を頭上で回す。

 火が円を描き、その派手な演出が目を引く。


 そして、円を描いた炎をそのまま斧を前に振る事でヤーファンへ投げる。

 同時にアレクシアはヤーファンへ向かい駆けた。


 斧の重量などモノともしない。


 ヤーファンは回避を選択する。

 雷の魔法で加速し、一気にアレクシアの側面に回る。

 だが火の円はヤーファンを追尾する。


 ヤーファンは再び本を開き、魔法を展開させてそのまま火の円に対処させた。

 水の魔法が火の円にぶつかり、巨大な水蒸気が発生する。


 視界が悪化しても、躊躇なくアレクシアは距離を詰める。


 ヤーファンは懐から鉄の杖を取り出し、それに雷の魔法を込めた。

 そして、アレクシアの振り上げた戦斧を受ける。


 ヤーファンは身体強化魔法まで使って、なんとか戦斧の一撃を防いだ。


「お見事、と返しておきますわ」

「ありがたく……受け取るよ」


 ヤーファンはなんとかその言葉を絞り出す。

 アレクシアが一歩踏み込む度に、ヤーファンは一歩下がる。


 元とは言え騎士を相手に、魔導士が接近戦で勝つのは難しい。

 しかし、ヤーファンは笑った。


「水も滴るいい女、だね」


 水蒸気の中を突っ込んできたアレクシアはずぶ濡れになっており、ドレスが体に張り付いている。


 そしてヤーファンの得意とする魔法は雷だ。

 ヤーファンは杖に込めた雷の魔法を開放した。


「そんなの、予想してましたわよ」


 同時に、アレクシアの斧に込められた火の魔法が解放される。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る