第70話 オセロット・コロシアムの開幕
帰ってきたアレクシアによれば、随分と予選後半も荒れたようだ。
1人で偵察してきたアレクシアを主人が労い、甘い果実を振舞った。
暫くするとアレクシアの機嫌も良くなり、主人は一息ついた。
そして、2日後。
ついにオセロット・コロシアムの本選が開幕する。
開始時間の前に奴隷達三人は闘技場入りし、控室に向かう。
主人はなるべく前の席を取るために暗いうちから並び、見事に最前列を獲得した。
開始のセレモニーが始まると、観客の拍手と共にスパルティアの王、グレイス王が入場する。
その瞬間に観客席が沸いた。
凄まじい人気だ。
その格好は他のスパルティアの戦士と同じく、戦装束をしている。
違いといえば、その体格だろう。
既に50を過ぎる年齢の筈だが、一切の衰えがない。
他のスパルティアの戦士の二回りは大きい。
身体中に古傷がある。
そして、他の戦士たちを率いて舞台の中央に立つと、咳払いをして大きく息を吸う。
「この世で一番強いやつは誰か! 知りたいか!」
広い闘技場の全体に、グレイス王の声が轟く。
魔法も無しにそれだけの声量。凄まじい肺活量だ。
「私は知りたい。だからこのオセロット・コロシアムを開いた! 存分に腕を振るえ! 優勝者には金貨600枚と、私に挑む権利を与えよう!」
スパルティアで最も強い戦士が王となる。
その王を倒した者は、スパルティアの王になる権利を有する。
例え、国外の者であっても。
スパルティアの戦士たちが盾に槍をぶつけ、大きな拍手と共にグレイス王が退場する。
その後一番見晴らしの良い場所に王が着席すると、審判が舞台に登場する。
ルール説明を改めて行い、トーナメント表を発表した。
最初の試合にアズの名前がある。対戦相手は……聞いたことがない名前だ。
予選後半で勝ち上がった選手だろう。
シード枠を引いたのは3人の中でエルザのみ。
あの戦闘が評価されたのか?
アレクシアはかなり後半の試合に名前が載っていた。
スパルティアの選手は全部で5人。場合によっては10人になる事もあるので確かに荒れている。
アズともう一人の選手が入場する。
アズは最年少選手かつ見た目通りの少女だからか、観客の保護欲をそそるらしく、大変な人気があった。
最も、それは応援の気持ちであり勝敗を予想する賭けには反映されていない。
恐らく主人と少数の好きものだけがアズに賭けた。
倍率は10倍を超える。
ほぼ誰も勝つとは思っていない。主人はここぞとばかりに金貨1枚をアズに賭けた。
アズの対戦相手は武器を持っていない。
両手に布を巻き、構える。
テフトス・バインス。
拳闘士と呼ばれる戦士だ。
タン、タン、タン。
テフトスは重心を前足と後ろ足の交互にかけながら、軽快なリズムでステップを踏む。
アズは剣を抜いた。
動きがぎこちない。
盛大な声援で緊張している様子だった。
アズが剣を握り、距離を詰めようと前に出た瞬間、テフトスは一瞬で距離を縮めて左ジャブを放った。
アズはそれを視認できたものの、余りの速さに回避できずに顔に受ける。
更に続けて、テフトスが構えるのが気配で分かったアズは、左手を剣から離して顔を守る。
しかし胴ががら空きになったので、そこにボティーブローが来る。
アズの身体がくの字に曲がった。
くぐもった声が漏れる。
テフトスはアズの頭の上から右ストレースを打ち込んで、このまま試合を終わらそうとした。
だが、アズの胴に打ち込んだ左手が戻せない。アズが握りしめている。
少女に似合わぬ力だった。
鍛錬では不可能だ。
アズの筋肉量がそれほどの量ではないのは、テフトスには最初から分かっていた。
ではこの年で、一体どれだけの魔物を殺してきたのか。
アズが顔を上げる。
腹に攻撃を受け口から唾液が垂れているが、その目はテフトスを見ている。
「負けられない。私は負けられないんです」
アズは左手でテフトスの腕を握ったまま、右手に握った剣を振る。
片手で振られた剣であっても、テフトスにダメージを与えることが出来る。
封剣グルンガウスの効果を発揮すれば、更に上乗せも可能だ。
テフトスは、剣が振られるのに合わせて上体を後方に反らせ、それをスウェーで回避する。
アズは右腕を振り抜いたのち、右ひじが首の前まで来たら右手に更に力を込めた。
今度は回避されないように胴を狙い剣を振るう。
テフトスは左手を強引に引っ張り、アズの拘束から抜けた。
アズの剣が空ぶる。
離れていくテフトスを見ながら、アズは左手で口を拭った。
そしてテフトスのステップが再開されると、それを見たまま真似る。
構えは灰王の構えを真似た形のままだ。
アズはまだ、自ら考えて何かを生み出すほどの知識も経験もない。
しかし判断力は高く、主人の命令を遂行するために合理性を重視する。
テフトスは舌を巻いた。
見ただけでアズは拳闘士のステップをほぼ習得している。
少しぎこちないが、動いていくうちにこなれていくだろう。
本選に出場している時点で、見たままの少女ではないのは頭でわかっていても、テフトスは驚きを隠せなかった。
だが、僅か一呼吸で動揺を収める。
アズがどれだけステップを真似ようと、テフトスの方が早い。
テフトスは猫の背のように体を丸め、両手を顔の前に移動させてアズへと一気に迫る。
その姿は、まるで大砲から放たれた砲弾のようだ。
アズはそれに反応して、迎撃の為に剣を突く。
テフトスは強靭な足腰で軌道を変えて突きを回避し、アズの側面に移動する。
アズの目がそれを追う。
隙をさらけ出したアズの顔へ、テフトスによる渾身の右ストレートが放たれた。
これで決まる。そう誰もが思った瞬間。
アズは剣を手放し、上体を逸らしてスウェーによりテフトスの拳を回避した。
そしてアズは右手の拳を握りしめる。
岩のように固く。爪で皮膚が裂けるほどに強く。
アズは上体を捻り、その回転の力で右手の拳をテフトスに向けて放った。
テフトスはそれに対応して顔を逸らして回避を試みる。
そしてアズの反撃による拳は、僅かにテフトスの顎に触れるだけで終わった。
だが、それで十分だ。
テフトスの脳が揺れる。
それでダウンしなかったのは、拳闘士の意地がなせる業か。
だが、見事なステップを踏んでいた足は、まともに立つことも難しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます