第71話 第1試合終了。第2試合開始。

 テフトスは強い混乱と動揺の中にいた。


 彼の足は、生まれたばかりの小鹿の様にガクガクと震える。

 視界は脳が揺れた影響で歪み、アズの姿を視認するのも難しい。

 強い吐き気をこらえる。気を抜けば意識が途絶えそうだった。


 これはクリーンヒットだ。


 経験があるから、かろうじて耐えられた。


 両腕にまともに力が入らない。


 テフトスは構えるが、完全な虚勢でしかない。

 そしてそれはアズから見てる分かるほどだった。


 (時がたてば回復する。時間を稼がねば)


 テフトスはなんとかそう考え、アズから距離をとろうとする。


 思うように動かない足では、アズの速度からは逃げきれない。


 テフトスが、アズを侮っていたのは事実だ。

 しかし、油断はなかった。


 ボディーブローの後の右拳による一撃が決まっていれば、それで試合は終わりだった。


 だが、そうはならず。

 テフトスの動きを、アズが見ただけで真似始めた辺りで急速に差が縮まった。


 戦いの中でアズが成長し、テフトスの目算を超えたのだ。


 アズのステップも、素手での攻撃も未熟だ。

 スウェーだけはその身軽さで様になっていたが、それだけ。


 だが、その未熟な真似がテフトスの顎を打ち抜く幸運を呼び込んだ。


 アズの右手から血が滴る。

 強く握りすぎたせいで、爪が皮膚を破り出血している。


 アズは剣を左手に持ち替え、右手を添える。


 テフトスが回復すれば、アズに勝機はない。

 テフトスの想定を一瞬上回ったことによる、僅かな勝機をアズは逃がす気はなかった。


 アズが剣を構えたまま走る。


 テフトスは避けるのを諦め、拳に僅かな力を込め、向かってくるアズに対して打ち込んだ。

 アズは剣を振りかぶるのではなく、突きに切り替える。


 下手に振りかぶれば、テフトスの拳が先に届く。


 最速の突き。慣れぬ左手でテフトスを倒す最良の手段。


 リーチ差により、アズの剣がテフトスに届く。

 

 その瞬間ぞくりと、アズの背筋が冷えた。


 テフトスは、歪む視界から情報を得ることを諦め、目を瞑り足音だけで状況を判断する。

 そして、完璧なタイミングでスウェーを成功させた。

 だが動きが鈍い所為で、僅かに喉に剣が届く。


 それでも致命傷には程遠い。

 テフトスは、先ほどの脳が揺らされたダメージから回復しつつある。


 アズは、そのまま自らの剣に魔力を通した。


 封剣グルンガウスの効果が発動し、テフトスの喉に向かって追撃が迸る。

 テフトスの本来のスウェーであれば、容易に回避しえた一撃だった。


 最後に目を開いたテフトスは笑った。自嘲か、アズに対する称賛か。


 テフトスの姿が消える。

 致命傷と判断され、転送された。


「本選第1試合。勝者、アズ!」


 審判の宣言により、アズの勝利が確定した。

 アズは緊張が解けてようやく腹部の痛みを思い出し、うずくまりそうになるが、それを我慢して大きく剣を掲げる。


 大きな拍手と声援がアズを包んだ。

 予選よりもはるかに大きい。

 アズにとって、それは初めての経験だった。


 主人は口笛を吹いて称賛していた。

 なんせ、オッズは10倍越え。金貨1枚を賭けていた。

 それは笑顔にもなろう。


 まさに大金星だ。


 声援に包まれながらアズが退場し、第2試合が始まる。

 顕れたのは両手にダガーを持つ可愛らしい少女、フィン。

 弓の使い手である青年、ナクルズ。


 弓使いがこういった闘技試合に出場するのは珍しい。

 一番の武器である射程差が活かしきれない。


 特にフィンのような接近戦を得意とし、その為に身軽な格好をしているようなもの相手には特に。


 よく予選を通過したものだ、とフィンは思った。

 そして、チョロイなとも。


 試合開始まで観客に愛想を振りまいていたフィンは、試合開始と共に姿が消える。


 観客からはそう見えただけで、実際はフィンの初動が速く、かつ体を前傾させる事でよりその姿が小さく見えた所為だ。


 見る見るうちに距離が縮まる。


 その速さは、先ほどの試合に出ていた2人よりも更に速い。


 ナクルズが弓矢を弓に番え、狙いを定める頃にはもうあと数歩でフィンのダガーが届く位置に到達していた。


「さよなら☆」


 あくまでも笑顔でフィンはそう呟き、残った距離をさらに加速して縮めようとする。


 だが、暗殺者としての勘か。あるいは才能のなせる業か。


 フィンはその場で急停止した。


 その瞬間に、フィンがもし更に進んでいれば居た位置に矢が飛んできた。

 矢が放たれた瞬間をフィンが見逃す筈もない。


 ナクルズが構えた弓矢は、ナクルズが手を放した瞬間にそこに移動したのだ。


 どれだけ早く動き、目が良くても、弓矢が放たれる瞬間が見えなければ回避できない。


「こいつ……」

「いやぁ、君の言う通りさよならできると思ったんだけど。随分と勘が良いね。魔物でもこいつを躱せる奴は少ないよ」

「へぇ」


 フィンは笑顔を崩さず、ナクルズを見る。

 恐らく魔法の一種だろう。


 誰にも聞こえないように舌打ちしながら、距離を縮めず離さずナクルズの周囲を歩く。


 このような便利な魔法を、試合開始と同時に使わない理由がない。

 初見殺しがどうとかではない。


 急所に向かって使えば、強靭な戦士以外ならまず耐えられない。


 そうしない理由は推測できた。

 射程か、何らかの条件か。あるいは両方か。


 両手のダガーを、くるくると器用に回しながらフィンは歩く。

 ナクルズは弓矢を再び番え、フィンへと弓を向けながら動きを追う。


 フィンは軽快な足音を立てながら、少しずつ間合いを縮めていく。






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