第69話 奴隷達に休息を
次の日、闘技場では残りの予選が開始されていた。
しかし、主人を含めて全員が宿にいる。
予選自体は3人とも突破したので、それ自体は問題なかった。
敵情視察の為に残りの予選を見るべきだ、というアレクシアと、今日はゆっくりしようというエルザで、意見が分かれていて結果的に今の今までこうしている。
アズは最初はオロオロしていたのだが、疲れが抜けていなかったのかウトウトし始めて今は主人の膝の上で寝てしまった。
主人も予選は見た方が良いと思っており、一人だけでも見に行こうと思っていたのだが、アズが膝に居るので動けない。
無論、ベッドに放り込んでも良いのだが、気持ちよさそうに寝ているので躊躇われた。
奴隷とはいえ年頃の少女なのだ。
最初に比べて愛着もある。
無碍に扱うのもなぁと、アズの髪を撫でながら宿でだらけている。
主人的には別に休みでも良い。
この国に来た目的そのものは全て達成している。
本選で勝ち上がるのも決して楽ではないだろうし。
そう思っていると、エルザと話していては埒が明かないと思ったのか。
アレクシアが主人の方へ向いた。
「どのような選手が出るかだけでも、見ておくべきではなくて? そう思いますわよね?」
まあ確かに。
初見殺しは防げると思う。
あの吟遊詩人みたいなとんでも芸なんかは、事前に知っていれば心構えも出来るだろう。
頷く前にエルザもこちらを見た。
まるで牽制だ。
「それも分かりますけどー。やっぱり休息は大事ですよ」
「本選開始は2日後でしょ。エルザが動きたくないだけじゃないの」
「そんな事はないですよ?」
そう言いながらもエルザはベットの上から動こうとはしない。
「仕方ない。私一人で見てくるわ。アズも寝ちゃってるし」
「それじゃあ、行ってらっしゃーい」
アレクシアが妥協すると、エルザはさっさと寝てしまった。
俺も二度寝したい。アズが起きる気配もない。
静かな寝息が聞こえてきた。
特大の溜息をアレクシアは吐いた。
「全く。折角なんだから、もうちょっとやる気を出せばいいのに」
「まあまあ」
そう言って宥める。
やる気があるのは良い事だと主人は思った。
アレクシアは、スパルティアでよく着られる女性用の服に着替える。
主人の前で着替えるのも、あまり恥ずかしがらなくなってきた。
恥ずかしがる姿が良かったのだが、と主人は思いながら眺める。
もうこれも躾にはならないだろう。
アレクシアは闘技場へ向かった。
最初に比べて主人と奴隷という立場そのものは変わらないが、関係性は変化してきたなと感じる。
主人からすれば、奴隷達がきちんと金を稼いでくれるなら問題なく。
奴隷達にとっても、ギスギスするよりは多少本音を出した方がよほど楽だ、という状況が変化を生んだのだろう。
主人は今更是正する気はない。
そもそも主人が奴隷の主人になるのは初めてだったし、奴隷達は奴隷になるのが初めてだった。
そこであるべき姿を、お互いが手探りで探していたに過ぎない。
それに、一緒に旅をして今奴隷達のモチベーションは低くないと体感できたのが大きかった。
主人が求めるのは勤勉さではない。
一定ライン以上の成果さえ出せば良い。
既に奴隷達からの収入は、副業という意味では良い数字に化けつつある。
この調子であれば装備や毎日の生活に還元しつつも、より高い回収を見込めるだろう。
毎日の暮らしを維持したいなら、より冒険者の仕事に精を出すのは間違いない。
人間は一度水準を上げると下げることが難しい。
3人の中なら、生活水準を下げるのはアレクシアはほぼ耐えられないだろう。
アズは内罰的な部分があるから、水準を下げたら自分の責任だと思って何とか戻そうと頑張るだろう。
エルザは……恐らく何も変わらない。多分受け入れるだけだが、他の二人がやるならそれに付き合う形になると思われる。
鞭で人は動かない。主人はそう考えている。
鞭を打つたびに信用を消費して動かす事になり、やがて恨みになるだろう。
それよりは、飴を与えればいい。
飴が美味しければ美味しいほど、勝手に働くことになる。
今の店の従業員がそうだ。
彼等は勝手気ままにやってる節もあるが、主人抜きで店を回せるまでになった。
彼等の待遇は周りより余程いい。
店を持たせるのは難しいが、その分給金は高い。
その給金が店の従業員のモチベーションになっている。
給金が高いから店には続いてほしい。
だから主人が居なくても、店が続けるような取り組みに協力してくれている。
店の金を盗む人間も以前は居たが、給金をさらに上げてからは出なくなった。
小さい店なので捕まるリスクのある1日の売上金を盗むより、しばらく給金を貰った方が得だと考えるようになった。
文字と簡単な算数も教えた。
学がないから突発的な事を考えて実行してしまうと考えたからだ。
お陰で利益率は減ってしまったが、そうしたおかげで出来た暇でこうして奴隷を冒険者に出来ているのだから問題ない。
アズもエルザから勉強を教えてもらってからは、色々と考えるようになったように見える。
最初の奴隷であり、一番懐いている奴隷。
全てはアズを買った時に始まった。
アズの奇麗な銀色の髪を撫でる。
随分と艶が出た。健康な証拠だろう。
これから成長すれば、随分と奇麗になるだろうなと、主人はぼんやりと思った。
「アズちゃんが気になりますか?」
いつの間にかエルザが隣に来ていた。
口を耳元まで近づける。吐息が耳にかかってこそばゆい。
「手を出しても良いんですよ。私達は貴方のモノなんですから」
そう言って色っぽく耳元でささやくエルザの脇腹に、主人は指を突っ込んだ。
修道服越しの肉は柔らかいが、摘まめるほどではなかった。
仕方ないのでくすぐる。
しっかり鍛えているらしい。あの戦闘を見れば確かに納得だ。
エルザは思わぬ刺激に笑いが堪えられなかった。
「寝るならサッサと寝ろ。俺も今日は寝る」
アズを起こさないようにベッドに運んで毛布を敷き、主人もベットに横になる。
「あらら、失敗」
エルザの声だけが部屋に響いた。
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