第68話 予選突破のお祝いは羊の店で

 第4組の予選が終了し、第5組の予選が始まった。

 この組は見たところ普通だ。

 普通に強そうな選手たちが、本選突破の為に普通に戦っている。


 ど派手な魔法が使われたり、曲芸が披露されたりすることもなく。

 いかにも闘技場という試合風景だった。


 奴隷達の出番が終わったので、主人も一息つく。

 全員が予選を突破したのは僥倖だった。


 主人は声援を送りすぎて、喉が枯れるかと思ったほど白熱していた。


 彼は武器を持って戦う戦士ではなく、数字を数えてお金を稼ぐ商人だ。

 奴隷達の力量など大して分からない。

 その力量がオセロット・コロシアムの参加者にどこまで通用するのかなど、それこそさっぱり分からなかった。


 折角ここまで来たのだから、記念に自分の代わりに奴隷達を参加させよう、という半分は思いつきでやったことだ。


 実は予選突破でもらえる金貨は少し意匠がこらされており、金貨としても、記念品としても価値がある。

 1個は手に入れたかったが、3個手に入るなら2枚は売っても良いだろう。


 第5組の予選はつつがなく進行している。


 先ほどの刺激的な戦いを見てしまった観客たちは、熱気が少し引いてしまいほどほどに応援している。


 主人は先ほどのエルザの試合を思い出す。

 司祭のイメージが一気に変わってしまった。


「こわいなー」


 コップに残った酒を飲み干す。

 凄いものを見てしまったなと主人は思った。


 後ろからメイスを使って全力で頭を殴り飛ばす場面など、主人は少し引いてしまった。

 勿論反則ではない。そんな生ぬるいルールはないのだ。


 その証拠に観客たちは大盛り上がりだった。

 これは自慢だがエルザは見た目も非常に良い。

 修道服も良く似合う。

 司祭服を買っても良いかもしれないな。


 そんな女性が活躍するのは、どうやらこういう場では受けるらしい。


 その後の吟遊詩人との戦いでは、恐らく予選で一番盛り上がった。


 吟遊詩人の攻撃方法は非常に派手で見応えがあったし、それを正面から打ち負かしたエルザには多くの観客が拍手を送っていた。


 中には興奮して立ち上がってまで、拍手を送るものまでいたほどだ。


 主人もまた盛大に拍手を送った。


 司祭ならアズと組ませるのに丁度良いという理由で買ったエルザだったが、思ったよりも実戦的だった。


 今回の旅で確かに戦闘慣れしているのは感じていたのだが、これほどとは。

 過去については、孤児院のようなことをしていたという位しか知らない。


 恐らく魔物を狩る事で孤児院の運営費を捻出していたのだろう。


 アレクシアより少しだけ年上の筈だが……どういう人生を送ってきたのだろうか。


 とはいえ、主人は余り興味はない。

 今はもうエルザは彼のものだし、弱いよりは強い方が良い。得だ。

 幸いにして、今のところ良好な関係が築けているのだし。


 ただ、もう少し待遇はよくしても良いかもしれない、と考えた。


 闘技場の効果で実際には砕かれていないが、エルザに思いっきり頭をメイスで殴られていた戦士を自分に置き換えて想像してみる。


「あ、いましたー」


 真後ろでエルザの声が聞こえた瞬間、主人の心臓が跳ねて全身がぶるっと震えた。

 そんな主人をアズが不思議そうに見ている。


「アズ、良く見つけたわね」

「えへへ、ふと見たらご主人様が居たので」

「目が良いんですねぇ。あれ、ご主人様。どうかしましたかー?」


 わざとなのか、それとも本気で気付いていないのか。

 エルザはいつも通りの調子で主人に尋ねる。


 何度か深呼吸を繰り返し、主人は平静を取り戻す。

 恐れることは無い。そう、彼女たちはどれだけ強くても奴隷なのだから。


 第5組の予選はそれなりに盛り上がって終了した。


 奴隷達の座る場所もないし、今日は第5組までの予選で終了らしい。

 残りは明日開催するそうだ。


 審判がそう言って、今日の予選を締める。

 他の観客たちは慣れているのか、さっさと帰り支度を始めている。


 主人は立ち上がり、席を後にする。

 奴隷達はそれに続いた。

 アレクシアの傷もすでに治っている。

 保護されているとはいえ、大きな怪我が無くて何よりだった。



「出ようか。今日は好きなモノ食べて良いぞ」

「あら、そうですか? 本選突破記念ですね」

「あれだけ頑張ってご飯が一回豪華になるだけですか……まあいいですけど」

「やった。じゃあ羊のお肉が食べたいです。狩りに出るとき、群れを見掛けた時から気になってて」

「アズは羊の肉が好きだなぁ」


 主人はアズの頭を撫でる。

 3人の中で一番予選突破が難しかったのはアズだろう。


 軽戦士であるアズは相性という意味ではかなり厳しい。


 異国の戦士の気をスパルティアの戦士から逸らせたから結果的に勝てたものの、運が味方した感が否めない。


 いやむしろ、わざと本選に残された可能性すらあった。

 異国の戦士が相当な手練れであるのは、素人の主人でも感じられる。

 その異国の戦士を残すよりは、どうとでもなるアズを残す方がよほど御しやすい。


 だが、そこまで考えてまあいいと主人は思った。


 アズは喜んでいるし、主人は損をしていない。


 主人は羊の肉を調理する店に奴隷達を連れて行き、盛大に食べた。

 羊肉のしゃぶしゃぶが一番人気で、アズとアレクシアが競うように食べるのをエルザと主人が眺める。


 エルザはこっそり人気メニューを色々と確保していたのを主人は見逃さなかった。

そこから好みのものを回収すると、エルザが抗議してくるので料理を追加して宥める。


 料金も相応だったが、必要経費という事にした。





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