第67話 力を持つ司祭とは
司祭。
司祭とは中位の聖職者を指す言葉である。
司教、枢機卿などが教会を運営する側ならば、司祭は実務を実行する側に当たる。
魔物狩りに出ている者も、ほぼ司祭かそれ未満の者達だ。
最も多くの人と接するのも、また司祭である。
戦いを知らぬものに戦う司祭のイメージを尋ねれば、神の奇跡を用いる後衛であり、ヒーラーである。
その為前衛に守られていると答えるだろう。
だが、熟練した冒険者達に同じ質問をすればこう答えるだろう。
歩く要塞だ、と。
吟遊詩人は激しい曲を演奏し、彼の周囲には凄まじい数の音符が浮き出る。
そして、吟遊詩人がひとたび楽器をエルザに向ければ、それを号令として一斉に襲い掛かる。
音符は吟遊詩人の魔力と独自の魔法により質量を伴っており、それが加速を伴えばもはや凶器である。
もしアズならば、手数の多さに圧倒されたかもしれない。
もしアレクシアなら、対抗するために多くの魔法を使い消耗したかもしれない。
しかしエルザは臆することなく前に進む。
迫りくる音符をメイスで華麗に弾く。
魔物狩りと祝福で強化されたエルザの力ならば、音符をメイスで破壊するのは容易い。
だがエルザのメイス捌きがいかに優れようと、沢山の音符の全てを弾けるわけではない。
当然ながら、メイスをすり抜けた音符がエルザに衝突する。
しかし、エルザは意に介さず進んだ。
拳大の音符が直撃したにもかかわらず。
手や足などにぶつかっても進行が止まらない。
当たった瞬間の衝撃で、僅かに動きが止まるだけだ。
音符による攻撃の破壊力は、同じ大きさの石を投擲したものに匹敵する。
何処に当たろうと、それなりのダメージになりうる。
頭に直撃すれば、失神すらあり得るのだが――。
エルザは頭突きで音符を砕き、更に距離を詰める。
頭から少し血が流れた。
硬い。硬すぎる。凡そ人間の強度ではない。
まるでフルプレートを装備した重戦士のようだ。
観客席も随分と沸いているのだが、エルザから言わせれば、高水準に達した司祭なら誰でもできる芸当だ。
僅かに負った怪我も、口で癒しの奇跡を唱えるだけで回復する。
大まかなものはメイスで弾き、ぶつかったものは気にせず、負った怪我は移動しながら回復する。
それは確かに移動する要塞のようであった。
吟遊詩人は冷汗が流れたのを自覚し、一度楽器を止め、曲を変えた。
圧倒的な数による攻撃ではなく、強力な一撃を狙う。
音符がくっつき合体していく。
そして形が変化する。
殺傷力を求め、音符が剣や斧、そして槍へと変化する。
それも普通のものより一回りは巨大だ。
曲はスローテンポに、しかし力強い内容だった。
まずは剣が放出される。
まるでカタパルトに装填されたかのような速さでエルザに向かう。
エルザは両手でメイスを握りしめ、それを大上段に構える。
足は大きく開き、動きやすいように修道服に入れられた切り込みから白い太ももが見える。
履いているストッキングを止めているガーターベルトがちらついた。
エルザは向かってくる剣に合わせて、メイスを全力で振り下ろす。
祝福で強化されたエルザの一撃は、剣を地面に叩きつけ轟音と共に激しい衝撃を起こす。
地面には窪みが生まれていた。
剣は衝撃に耐えきれず霧散している。
エルザはメイスを顔に当てて頰擦りする。
「全力で振り抜くのも、中々に気持ちいいですねぇ」
そして、笑顔のままでまた一歩進んだ。
吟遊詩人は次に二つの巨大な斧を同時に打ち出す。
巨大な斧は回転を加えられ、勢いよく回りながら左右からエルザを襲う。
エルザはそれをメイスの腹で受けた。
その衝撃に思わずエルザは下がる。
この試合でエルザは初めて後退した。
斧はメイスを軋ませ、エルザを切り裂こうと迫る。
だが、エルザの笑みは崩れなかった。
両手でメイスを握りながら、その艶やかな唇を動かす。
「主よ,あわれみたまえ」
その言葉をつぶやいた瞬間、斧が粉砕された。
聖言による奇跡。司祭がアンデッドや魔に属するもの以外に対して持つただ一つの攻撃手段である。
本来ならば、これもアンデッドや魔に属するもの以外には使用してもそれほどの威力は無いのだが。
エルザの聖言は巨大な斧を二つとも砕いた。
エルザは再び進む。吟遊詩人との距離は後10歩といったところだ。
最後に残ったのは槍。
吟遊詩人は曲を更に変えた。
再び激しい戦いの曲。
新しい音符が生み出されるのではなく、槍を強化しているようだ。
巨大な槍が強化され、青い光を伴う。
吟遊詩人が最後の節を弾き切った瞬間、槍が発射された。
巨大な槍だ。勢いも十分。
吟遊詩人の魔力で最大限強化されており、直撃すればエルザを貫くことも出来るだろう。
エルザはメイスを手放すと、両手を広げる。
それはまるで抱きしめるかのような姿で、諦めたと判断した吟遊詩人は勝ちを確信した。
しかし、エルザは向かってくる槍を当たる直前に掴む。
掴んだ両手の手のひらは皮が裂け、血が滲んだ。
エルザの顔からは流石に笑みが消えていたが、だからといって焦る様子はない。
「面白い芸でしたねー。でも、乙女の柔肌に傷をつけたのでお捻りはなしで良いですよね?」
エルザは槍を掴んだまま、強引に右肩へ担いだ。
槍に込められた魔力よりも、エルザの力の方が強い。
エルザが何をするのかを、吟遊詩人はようやく悟った。
弦を撫でて音を鳴らす。断末魔の代わりだ。
エルザが掴んだ槍の矛先を吟遊詩人に向け、放った。
吟遊詩人は抵抗することなく、槍に当たった瞬間姿が消える。
敗北判定が発動した。
エルザは血塗れの両手に癒しを行い、治す。
そこには戦闘前と変わらぬ姿があった。
祝福に支えられた腕力と圧倒的防御力、そして回復力。
地味ながらも、まるで前衛のような姿だった。
エルザの戦いに決着が付くと共に、もう一方も終わったようだ。
獣人の選手とスパルティアの戦士が相打ちで消える。
どうやら踊り子と獣人の選手が共闘してスパルティアの戦士と戦って、結果踊り子が残ったようだ。
第4組の予選も終了した。
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