第66話 エルザ、いざ予選へ

 観客席の熱気は非常に高まっている。

 予選第3組の試合が好カードだった事が、大きく影響しているのだろう。


 主人は既に2人が予選を突破し、黒字が確定したことでオセロット・コロシアムを満喫していた。つまみも注文している。

 元貴族で、戦場にも出ていたアレクシアは突破するだろうと思っていたが、アズが健闘したのが大きかった。


 あの弱々しかった頃を思えば、主人も涙が出る思いだ。

 酒も美味い。


 そして第4組の選手達が入場する。


 エルザは修道服を着ているので目立つ。

 冒険者に司祭、あるいは司祭見習いは多い。

 また教会もそれを後押ししている。


 創世王教のエルザは、後押しする教会ももうないが。


 神への信仰により授かった癒しの奇跡、能力を向上させる祝福。毒や穢れを奇麗にする浄化。いずれも冒険者に求められるものだ。


 だが、こういった闘技大会に司祭が出てくることは少ない。

 魔物討伐は使命であると考えるものが多いが、戦いを好んでいるわけではない。


 それに司祭は後衛だ。魔導士と違い攻撃手段も少ない。

 闘技大会に出場しても勝ち上がるのが難しく、結果的にこういう場で司祭を見掛けるのは珍しい。


 エルザは優しい微笑みとその見た目の美しさも相まって、観客たちからの人気も高かった。

 エルザが手を振ると観客席の男達の反応も良い。


 それを見た主人も鼻が高そうだった。


 手にはいつものメイスが握られている。

 手入れが行き届き、光を反射するほどだ。


 審判の合図により、予選が開始される。


 エルザは自らに祝福を行い、周囲を見渡す。


 見事に輪から外れていた。


 司祭など、後に回しても問題ないと思われているのだろう。


「うーん。そうなりますか」


 エルザはそう言って、メイスの先をぺちぺちと左手の手のひらに当てる。


 仕方ないので、近くにいる選手達に近づく。

 今まさに一対一で戦っており、剣とジャマダルの対決だ。


 お互いの力量は互角なのか、途中から攻めあぐねて様子を見ている。


 剣を装備している選手の後ろからエルザが近づくと、ジャマダルを装備した選手がそれに気付く。


 ジャマダルを持つ選手が訝しげにエルザを見ていると、エルザはメイスを大きく振りかぶる。

 そしてそれを、全力で振り抜いた。


「えいっ」


 一切の躊躇が無く、それも微笑みを浮かべたまま。


 鈍い音がした瞬間、剣を持った選手の姿が消える。

 直撃すればダメージ量が致命傷と判断され、医務室に飛ばされたのだろう。


 ジャマダルを持った選手は目の前の光景に目を見開いていた。


「おいおいおい、司祭様がそんな戦い方を」

「……? メイスの使い方は合ってますよね。なにか変でしたか?」


 エルザはそう答えた。

 見た目からのギャップが大きく、少しばかりショックを受けていたジャマダルの選手が気を取り直して構えた。


 確かにショッキングな光景だったが、司祭の方が先ほどの選手より戦いやすいのは間違いない。


 独特の形をした短剣である、ジャマダルを握りなおした選手は、間合いを図り機を窺う。


 エルザは棒立ちだ。その姿は隙だらけ。

 とても闘技大会に出る人間の様子ではない。


 豊満な体のラインがはっきりしている修道服に、少しばかりジャマダルの選手は照れる。


 司祭は冒険者に限らず、戦いを生業にする者にとってはありがたい存在だ。

 死の境を救われたものは多い。


 ジャマダルの選手もかつて大変世話になった。


 だからこそやりにくい。

 せめて苦しまないようにと、一気に距離を詰めてエルザの首を狙う。


 エルザはメイスを傾けるだけでそれを防ぐ。

 金属が叩き合う甲高い音が響く。


 お互いの武器がぶつかり、拮抗する。


 いや、違う。拮抗ではない。


 ジャマダルの選手が最初に感じたのは、巨大な岩を打ち抜いたような感触だった。


 思わずエルザの顔を見ると、エルザは微笑みながらメイスを握っていた。

 力を込めているのはジャマダルの選手だけで、エルザはメイスを握っているだけにしか見えない。


 だというのに幾ら押してもビクともしない。

 エルザが前に体重を移動させる。


 エルザの顔が目の前に来るが、ジャマダルの選手はそれどころではない。


 どれだけ力を入れても、エルザを押し返せない。

 華奢とまではいかないまでも、見た目だけなら弱々しい女性だ。


 その女性の力に対抗できない。


 エルザが一歩進むごとに、ジャマダルの選手は一歩下がらされる。


 これが祝福の有無の差なのか? だが、いくらなんでも。

 そこまで考えたところで、片足が空を切った。


 もうあとわずかで場外だ。


「そーれ。お疲れさまでしたー」


 そう言ってエルザが最後の一押しをすると、ジャマダルの選手は呆気なく場外に落とされてしまった。


 一仕事終えたエルザは、汗を拭う。

 しかし彼女は一切汗をかいていない。只のふりだった。


 舞台の場内では予選が進んでいた。

 もはや中盤を過ぎようとしている。


 場内に居るのはエルザ、扇情的な姿をした踊り子、スパルティアの戦士、獣人の選手、そして吟遊詩人である。


 変わり者の多い組だった。


 踊り子とスパルティアの戦士、そして獣人の選手が三つ巴となっていたので吟遊詩人に近づく。


 ある程度近づくと、吟遊詩人は手にした楽器を弾き始めた。

 最初はゆっくり。しかしそのテンポは一気に速くなる。


 エルザはその音に耳を傾けている。


 激しいリズムの音楽の旋律は、やがて魔力を帯び始め、音符の形が楽器から浮かび上がり、音楽を聴いていたエルザの頭に直撃した。


 エルザは当たった場所に手を添える。


「……観客に向かってひどくないですかー?」

「ここは闘技場で、音楽会ではないよ」

「貴方が言いますか。それ?」


 音符が一斉に浮かび上がり、エルザに向かってきた。


 エルザはメイスをぶんぶんと振り回し、気合を誇示する。


「それじゃ、行きますよー!」


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