第65話 第2組予選終了。

 スパルティアの戦士に蹴り上げられた盾が、アレクシアに迫りくる。

 ほぼ木製とはいえ、成人男性の半身を隠すほどの盾だ。


 その質量を考えれば、並の魔法よりよほど破壊力があるだろう。


 アレクシアは咄嗟に考えを巡らせる。

 この盾を何かしらで処理した後、確実にスパルティアの戦士が追撃してくる。


 その時にアレクシアに僅かでも隙があれば、その隙を見逃すことなくそのまま敗北するだろう。


 アレクシアは唇を舐める。

 彼女は追い詰められるほどに、闘志が煮えたぎる性質を持っていた。


「上等ですわ」


 戦斧を手放し、両手を空けると二つの魔法を並行して展開する。

 多重魔法と呼ばれる技術だ。

 制御が難しいが、奴隷として冒険者をやっている間に魔導士としての力量が増している。


 右手に火の魔法を展開する。

 左手に衝撃の魔法を展開する。


 しかし、展開している魔法をこのまま放っても、迫りくる盾を防ぐには弱い。


 アレクシアは、魔法を更に重ね掛けする。


 魔法の威力の上昇と共に、制御の難易度は跳ね上がるが、アレクシアはそれを完全に制御して見せた。


 多重魔法を展開した上で更に魔法を重ねる。

 初の試みは成功した。


 アレクシアの両手には今、膨大な魔力と力が迸っている。


「ふふ。更に成長してしまいました。感謝しますわよ!」


 両手を組む。

 衝撃の魔法と火の魔法が合わさった。


「フレイム・バースト」


 今まさに出口を求めて溢れんばかりの魔法が、アレクシアの眼前に迫った巨大な盾に放たれる。


 アレクシアの魔法は盾を押し戻し、剣を構え今まさに攻撃をしようと向かってきていたスパルティアの戦士に迫る。

 スパルティアの戦士は剣を捨て、押し戻された盾を握る。


 盾はその時点で既に半壊していたが、それでもまだ形を保っていた。

 スパルティアの戦士は最も信頼する盾を用い、全力でその場で踏ん張り、堪えようとする。


 だが、次第に場外に押されていく。


 そのスパルティアの戦士の元へ、アレクシアは戦斧を拾い優雅に歩きながら距離を詰める。


「スパルティアの勇敢な戦士が、卑怯とは言いませんわよね?」

「まさか。良い勉強になった。次は予備の槍を持つことにしよう」


 半壊した盾で魔法を防ぐスパルティアの戦士に、アレクシアは高く掲げた戦斧を振り下ろす。


 斧が当たった瞬間スパルティアの戦士は消え、魔法が場外の結界に当たり消える。


 観客席が沸いた。

 予選突破者がスパルティアの戦士で半分埋まることは、珍しくない。

 それを防いだアレクシアは大金星だった。


 同時に、もう一つの戦いも決着がついた。


 大きな音を立て、フルプレートの戦士が倒れ込み、消える。

 致命傷と判断されたのだろう。


 残っていたのは可愛らしい少女だった。

 両手に握ったダガーを掲げ、可愛らしく腰を振って勝利をアピールしていた。


「あはは。お姉さん強いね。本選で当たったら、魔法を使う前に首を切らなきゃだ」

「……アサシン、ですわね」

「あれ、お姉さん分かるの? ふぅん」


 アレクシアにだけ見えるように、少女の可愛らしい顔が豹変する。

 それはあまりに冷たい表情だった。


「次、私をそう呼んだら試合関係なく必ず殺す」

「あらそう。なら、もう呼びませんわ。ずっと付き纏われたくありませんから」


 少女は可愛らしい表情に戻った。


「話が分かるね、お姉さん。本選で当たると良いね」


 そう言って、少女はアレクシアの首にダガーを当てている。

 一瞬の出来事だった。


 審判がそれを止め、試合の終了を宣言する。

 アレクシアと少女は本選に出場が確定した。


 少女が先に舞台から降り、アレクシアはダガーを当てられた首筋に手を当てる。

 血が滲んでいた。


「流石は大陸最大の闘技大会。色んな連中が参加してますわね」


 アレクシアも舞台から降り、続いて3組目の予選が開始された。



 3人の奴隷達は誰もこの組に入ってはいないが、もし誰かが入っていれば予選敗退は免れなかっただろう。


 間違いなく予選における死の組だった。


 スパルティアの将にして、去年の優勝者であるダーズ・アラーニー。

 最も勇敢な冒険者と言われる、カインズ・モーリッツ。

 雪と氷に覆われた北の大地より参加した、竜殺しアルヘッヒ・ドラゴン。

 自らを強化する肉体魔法しか使えない魔導士、バールカン。


 誰もが予選に出れば本来なら本選に確定するほどの猛者である。

 それが予選で潰し合いになった。


 他の参加者はあっという間になぎ倒され、早々にこの4人による戦いになった。


 アルヘッヒ・ドラゴンとバールカンの戦いは、驚くべきことに純粋な力勝負でケリがついた。

 魔法を重ね掛けし、まるでサイクロプスの如く巨大な肉体に変化したバールカンを、アルヘッヒ・ドラゴンが力でねじ伏せたのだ。


「魔法ででかくするより、自分で鍛えたほうが強い」


 そう言ったアルヘッヒ・ドラゴンを、バールカンは呆けた顔で見上げていた。


 ダーズとカインズの戦いは、ひたすら攻撃するカインズと、それを全て盾で防ぐダーズという光景が繰り広げられ、カインズは自らの出来る手段を全てを試みた後に棄権した。


 その手段の中には魔道具を使った魔法も含まれていたが、それも通じなかった。


「私が相手にした中で、一番堅牢だった巨大な亀の魔物よりもよほど堅い」


 カインズはそう言い残し、冒険に戻った。

 第3組の予選が終了し、ダーズとアルヘッヒ・ドラゴンの本選出場が確定した。


 そして、第4組。エルザの参加する組の予選が始まる。



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