第62話 予選開始。最初の予選はアズ

 オセロット・コロシアム。

 スパルティアという国が開催する、恐らく大陸最大の闘技大会である。

 優勝賞金は圧倒的な額である金貨600枚。


 またはスパルティアへの仕官、あるいは現スパルティア王への挑戦など様々な目的をもって多くの戦士が集まってくる。


 そこに主人率いる奴隷三人も参加する。


 アズは緊張しつつもやる気を漲らせ、アレクシアは面倒そうにしつつも、自らの腕試しには積極的だ。

 エルザは武闘派という訳ではないが、やるだけやろうという感じでいる。


 冒険者としての装いで、三人は受付に行く。


 主人は三人を激励した後、観客席に飛んで行った。

 三人が本選に出場すれば三人に賭ける、と言い残して。


「では、これを付けて奥の控室にどうぞ。番号毎に分かれてくださいね」


 受付の女性から、番号の書かれた札を受け取る。

 アズは1。アレクシアは2。エルザは4だ。


 アズが歩きながら周りを観察すると、他の参加者も多い。

 そして控室の前に到着する。


「予選は別みたいですね。皆で本選に出ましょう!」

「予選から張り切ってたら、いざという時疲れるわよ」


 鼻息の荒いアズをアレクシアがたしなめる。

 気合は十分といったところだが、この調子では予選から全力で動いてしまうだろう。


「予選突破で1人金貨2枚、でしたっけ。お金ありますよねー」

「国の予算というよりは、賭けで回収してるお金でしょ。それを選手に還元してるだけだと思うわ」

「あー、ご主人様も賭ける気満々でしたね。負けたら怒られるでしょうか」

「賭けの失敗は主人の自業自得よ。そこまで面倒見れないわ」


 アレクシアは髪をかき上げながらそう言う。

 実際のところ、あの主人は小遣い程度しか賭けないだろう。


 観戦をより楽しむスパイス程度に済ませるはずだと、アレクシアは思っていた。


 命の次に大事なのは金、と主人は良く言う。

 その金を、不確かな賭けに多く入れるとは思えない。


「まあまあ。勝負は時の運ですよー。頑張りましょうね」


 エルザの言葉で締めて、それぞれが控室に入った。


 アズが入った控室には、アズを合わせて20人の参加者がいた。

 色々な人物がいるが、目を引いたのは二人。


 風の迷宮で遭遇した、キヨというスケルトンに似た格好をしている異国の戦士と、スパルティアの戦士だ。


 この二人が、圧倒的な強さの気配を漂わせている。

 スパルティアの戦士は壁に背を預け瞑想しており、異国の戦士は自身の武器の刀を眺めていた。


 本選に出られるのが20人。そしてここには20人。


 アズはエルザから教わった算数を思い出し、両手を使って頑張って数を数える。

 恐らく同じような10組のグループがあり、一つのグルーブから2人が本選に出場できるのだろう。


 2回ほど確かめて、両手を握り気合を入れなおす。


(多分、あの二人のどちらかを倒せば本選に出られる)


 アズは心の中でそう思った。

 間違いなくあの二人は格上だが、スパルティアに来る途中で出会ったダーズに比べれば威圧感はマシだ。

 恐らく全力のアズならば、僅かとはいえ届く。


 そして、番号1の部屋から予選が開始されると聞かされる。


 案内人に選手たちが皆ついて行き、通路から闘技場の場内へと移動する。


 アズがまず思ったのは、闘技場の戦う舞台の広さだ。

 20人の選手が上っても狭く感じない。


 選手がそれぞればらけて配置される。


 観客席はすべて埋まっており、アズ達が控室にいる間に開幕の挨拶などは済まされていたようだ。


 観客席の熱気は既に大変高まっており、観客たちは今か今かと開始の合図を待っている。


 アズは周囲を見渡す。

 観客の数は凄まじく、とても主人を見つけられるとは思わなかったが……。


 アズの動体視力は、見慣れた主人を見逃さなかった。


 比較的前の席で、アズに向かって何かを叫んでいるのが見える。

 歓声や怒号が響き、流石に声は聞こえない。


 アズは主人に伝わるように、なるべく大きく手を振った。

 すると主人が手を振り返す。


 アズの気力は最高潮に達した。

 戦いに向けて、精神が急速に研ぎ澄まされていく。


 審判がルールを説明する。


 アズの予想通り、このグループで本選に上がれるのは20名中2名のみ。

 スパルティアの戦士は各グループに一人までの参加制限あり。


 予選は乱戦形式で行われる。


 動けない怪我を負ったものは、闘技場の効果により医療室に送られ失格。

 実際は身代わりの人形が、大怪我を代わりに受けてくれるらしい。


 舞台から落ちても失格となる。


 武器の使用は自由。魔法も自由。毒の類は禁止。

 飛び道具は毒が塗ってなければ許可。

 司祭の祝福は自分に行うことのみ許可されている。


 闘技場のルールとしては、主人から聞いていたよりも比較的緩い。

 勝ったものを尊ぶという文化が反映されているのだろう。


 そして、遂に予選が開始された。


 真っ先に動いたのは、スパルティアの戦士の周囲にいた選手達だ。


 最も脅威度の高いスパルティアの戦士を、真っ先に排除しようとしたのだろう。


 その目論見は……全くもって無駄だった。

 スパルティアの戦士は、その屈強な体の半分の高さはある大きな盾を前面に出す。   

 襲い掛かった戦士たちに向けると、ただ押した。 


 それはシールドチャージですらない。ただ盾を向け、そのまま歩いて押すだけだ。


 スパルティアの戦士1人に対して襲い掛かったのは4人の選手だが、それぞれが武器を盾に叩きつけて力を込める。


 しかしスパルティアの戦士は止まらない。

 鍛え方が違うのか。

 ずんずんと、舞台の端へと追いやる。


 あっという間に端まで来て、全力で4人の選手は足を踏ん張る。

 もはやスパルティアの戦士に対する攻撃の意思はなく、何とか失格を免れようとしているに過ぎない。


 当然ながら、そんな抵抗は今更無駄だった。


「足腰が弱い。鍛えなおせ」


 そう言うと、スパルティアの戦士はそのまま4人の選手を舞台の場外に吹き飛ばした。


 アズは両手に斧を持った戦士を倒しながら、その様子を見ていた。

 両手に斧を持った戦士は力こそある。

 しかしどうみても何も考えずに振り回すだけなので、今のアズの敵ではなかった。


 力でくるなら、この程度ではもはや怖くない。

 エトロキとの経験を思い出して、そう思う。


 ひたすら斬りかかってくる斧を躱し、弾き、その度に斬りつける。


 首を狙った攻撃で身代わりが発動し、両手に斧を持った戦士は退場した。


 場内の残った選手は既に10人を切っていた。

 異国の戦士は既に3人斬っている。


 予選の本番はこれからだ。



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