第61話 巨大な魚の蒸し焼き

 アズ達が狩りを終えて宿に戻る。

 なるべく近場を選んだので、夕方よりも前に戻れた。


 宿の中に入ると、主人が宿の人間と話している。

 そして宿の人間が立ち去ると、主人が三人を出迎えた。


 机の上には、アズの両手を広げた長さよりも大きな魚が載っていた。


「凄いです~!?」


 アズは余りの大きさに目を輝かせている。


「もしかしてこれが夕食ですか? こんなおおきなお魚、私見たことありません」

「ほらアズ、はしゃがないの。今他に人は居ないけどここは宿なんだから」


 アレクシアも完全に面食らっていたが、アズの大きな声で正気に戻った。


「ごめんなさい。ちょっとびっくりしちゃって」


 エルザが頷きながら、アズを後ろから抱きしめる。


「うんうん。分かりますよー。これはビックリしますね。どうしたんですか、これ」


 エルザが主人に聞くと、主人は三人の驚いた顔を見て満足そうにした後に口を開く。


「沼魚の一種らしい。市場を歩いていたら見かけてな。魚が食べたいって言ってたから思い切って買ってみた」

「高かったんじゃないですか? こんな大きな魚」


 そう言いながらも、アズは巨大な魚に釘付けだ。

 それが食欲なのか好奇心なのかは、主人からは分かりかねた。


「四人分の魚を買うのと同じくらいだったぞ。聞いてみたら見た目の割に淡白な味わいらしい」

「へぇ。塩が合いそうね」


 四人の中で一番の健啖家のアレクシアが言う。

 こちらは食いでがありそうね、という視線が丸わかりだ。


「とりあえず、これから宿の人に料理してもらうから。

 片づけて着替えて手を洗ってこい」

「はーい」


 アズは部屋に急いで戻る。

 そういうところは子供らしい。

 アレクシアがやれやれ、と言いながらそれに続くが態度の割に足取りは軽い。


「それじゃあ、また後でー」


 エルザが最後に続いた。


 部屋は四人で泊まれる部屋を借りている。

 元々は6、7人が泊まれる雑魚寝用の部屋だったのだが、他に客もいなかったので四人で泊まれるように借り上げた。


 言うまでもなく二人部屋を二部屋借りるよりも、多少なりとも安かったからだ。


 宿からしても雑魚寝の部屋が丸々埋まるので悪い話ではない。

 ベッドは無いが、敷物がフカフカなので支障はなかった。


 宿の人間が大きな葉っぱを持ってきた。

 この葉っぱに魚と野菜と一緒に包んで、蒸し焼きにしてしまうらしい。


 下処理を済ませた魚が葉っぱに載せられた。


 買ってきておいてなんだが、主人は大丈夫なのかと不安に思っていた。


 しかし宿の人間は、この魚は結構定番で食べられる事を教えてくれる。


 葉っぱに包んだ後は窯の中にいれてしまうらしい。

 豪快な調理法だ。

 中にいれる野菜は香味野菜で、かなりたくさん入れている。


 更にその上から岩塩を豪快に振りまいた。

 野菜から出る水分と岩塩が混ざり、程よい塩加減になるらしい。


 後主食の芋も魚の隣で蒸し焼きにされていた。

 あの甘い芋が合うかどうかは分かりかねるが、塩気があれば合うかもしれない。


 主人が窯の中で調理される魚を見ていると、いつの間にか隣にいたアズが同じように眺めている。


 風呂まで済ませたようで、服も着替えていて石鹸の匂いが漂う。

 髪の毛がまだ湿り気が残っていたので、主人はタオルを取ってきて髪を拭いてやる。


「ありがとうございます」


 そう言ってアズは主人のなすがままじっとしている。


「いいさ。面白いよな」


 アズの髪についた水気を完全に拭う。

 その後はずっと二人で窯の中を見ていた。

 窯から温かい空気が流れてきて、静かに時間が流れる。


「……あなた達、物好きというか暇なの?」


 じっと窯を見る二人に気付いたアレクシアが呆れたように言った。

 長く赤い髪は綺麗に整えてられている。


 恐らくアズの髪も拭きに来たのだろう。


「俺は家でも作りたいから見てるだけだ」

「こういうゆっくりな時間、結構好きです」


 それぞれがアレクシアに反論する。

 アレクシアからすればそれは反論にすらなっていなかった。


 呆れたアレクシアは部屋に戻り、入れ違いにエルザが出てきた。

 修道服のままだが、エルザ曰く普段着用の修道服らしい。


「あらら、アレクシアちゃんは機嫌悪いですね。お腹が空いたんでしょうかねー」

「そうだろうな。まあもうすぐ出来るだろう」

「葉っぱの隙間から湯気が出てます。良い匂いがしてきました」


 じっと窯の中を見ている二人にエルザは流石に苦笑した。


 そうして調理が終わり、宿の人間の好意で部屋に運び込まれる。

 運んだ机の上には、蒸しあがった沼魚がでかでかと置かれていた。


 湯気と共に魚の匂いが鼻腔をくすぐる。


 主人が早速全員分を取り分けて、一斉に食べる。

 臭みがあるかと思ったが、丁寧な下処理と香味野菜のお陰か臭みは感じられない。


 改めて聞いていた通り淡白な味わいだが、香味野菜と魚から出た水分が岩塩をたっぷり含み、それを和えて食べると良い塩気と旨味が口に広がる。


 少し塩気が強いと思ったら芋を少し食べれば口の中はリセットだ。


 見た目のインパクトだけで大味を予想していた一同は、予想を上回る旨さに舌鼓を打った。


 あれだけ大きな魚は瞬く間になくなり、頭の食べられる身も奇麗にむしられ(主にむしっていたのはアレクシアだ)見事な骨と頭になった。


「美味しかったです。ありがとうございます、ご主人様」


 満足したアズはそういう。


「仕事の後の飯がしょぼいとやる気が出ないからな」


 主人はそう返した。

 全員で後片付けを終わらせる。


 奴隷が三人いるのだから主人が働く必要はないのではと、主人を除く三人は思った。

 しかし主人はそもそも怠けるより働いた方が楽しいようで、三人に仕事を言いつけながらさっさと動いてしまう。


 アズは置いていかれないように懸命に働いた。

 アレクシアとエルザはそこそこだ。


 このように狩りをした日と体を休める休日を繰り返し、遂にオセロット・コロシアムの日を迎えることになった。

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