第60話 エルザとアレクシア
討伐を再開し、荒地で目に付いた影トカゲを倒す。
「もう良いでしょう」
エルザがそう言って他の二人を止める。
「もう? でも確かに大分倒したわね」
アレクシアが積み上げた影トカゲを見る。
早めに血抜きして川に沈めておかなければ、血から腐ってしまう。
「でも、どうやって持って帰りましょうか?」
アズが剣についた血を振り払い、鞘にしまった。
「カズサが居れば、ある程度は持って帰れたかなぁ」
アズは、風の迷宮で一緒に居たカズサを思い出す。
小さな体に大きな荷物を背負っていた頼りになる少女。
「このパーティーの問題点はやっぱりそこですわねぇ。バランスは結構良いんだけど」
影トカゲの足を持ち上げて移動させながら、アレクシアは言う。
粗方の影トカゲを川に沈めた。
川の行き先は魔窟だ。幾ら血を流そうと問題はないだろう。
「運搬はしてくれるみたいねー。他の魔物が来ないように見張りは必要だけど」
エルザが岩に座って思いっきり伸びをする。
既に休憩モードに入っているのは明らかだ。
「そうなんですね、じゃあ私が先に戻りましょうか?」
「そうね、アズが一番足が速いし。私達が此処で見てるから行ってきて」
話は決まり、アズがスパルティアへと向かう。
その場にはエルザとアレクシアが残った。
川のせせらぎだけが聞こえる。
アレクシアは戦斧の先を川につけて、こびり付いた血を洗い流す。
その後手と顔を洗い汗を落とした。
「はい。浄化ー」
川の水は綺麗に見えても、そのまま口に入ると危険だ。
その為エルザはアレクシアに浄化の奇跡をかける。
「ありがと。ああさっぱりしたわ」
戦斧を置き、アレクシアも岩に座る。
バトルドレスのまま座ると随分と扇情的な姿になるが、ここにはエルザとアレクシアしかいない。
眩しい太ももが見えても気にする必要はないだろう。
「大分険が取れましたね。アレクシアちゃん」
「何よ、いきなり」
「最初はこんなの嫌だーって言ってたし、やる気も全くなかったのに」
そう言ってエルザがふふっと笑った。
「気持ちは変わってないわ。でもどうせやらなきゃいけないんだし、嫌々やっても気分が悪いだけよ」
「それはそうですねー」
「……エルザ、貴女はどうなのよ。借金のカタか何かで売られてきたんでしょう」
「私は別に。私を売ったお金で、面倒を見ていた子達もなんとかなりましたし。余生としては楽しいですよ?」
「余生って貴女ね……私より少し年が上って位でしょ」
アレクシアが呆れたように言う。
エルザがふざけて返答しているように感じているのだろう。
「本当ですよ。それに正直今の生活の方が、よほど生活水準が良いですからね。それはアレクシアちゃんもそうでしょう?」
「まあそれはね。ベッドは疲れが残らないように柔らかい素材だし、布団は鳥の羽の軽くて暖かいやつだし。お風呂は毎日はいれて食べ物は毎日肉に果物に……」
そこまで言って、エルザの生暖かい視線に気づいたアレクシアは咳払いをした。
「正直暮らしだけなら豪族か大貴族よ。馬鹿じゃないのあの主人」
「あははー。でもあの人の気持ちは分かりますよ。自分が面倒を見ている相手にお腹いっぱい食べさせて、良い暮らしをさせたいっていう気持ちが強いんです」
「私達はお金を稼ぐための道具でしょうに。私達に最低限の暮らしをさせた方が儲かるのではなくて?」
エルザは、地面に突き立てたメイスの柄に顔を乗せる。
「言ったかもですけど、あの人は神父に向いてるんですよねー。自分の奴隷が貧しいのが許せない。貧しくさせて結果が出せるはずがない。富めるためにはまず富めさせなければならない」
「……そんな事をすれば、まず先に自分が破滅するのではなくて? 普通ではないですわ」
アレクシアは元下級貴族だからか、足を引っ張る人間を多く見てきた。
武人としては優秀だった父が、あんな無謀な突撃を選択するしかなかったのは。
結局他に選択肢が無くなったからだ。
もし主人があの時近くに居たら何か変わっただろうか。
「従業員も良く面倒を見ているから、しっかり働いてますよね。創世王の教えの一つに、与えよ、さらば与えられんという言葉があります。欲しがってばかりでは何も手に入らないという教えですが……」
「耳が痛いわね。色々とやっていたつもりなんだけど」
アレクシアは足をぶらぶらさせる。
確かに必死になる余り、かつては求める事ばかりだったなと振り返っていた。
「アズちゃんを見れば良く分かるでしょう? あの子に最初に情を与えなかったらああはならなかったです。心を壊していたか、どこかで生きるのを諦めたでしょうね」
「あの子は本当にただの村娘だったの? 正直未だに信じられないわ」
アズの戦闘センスはアレクシアも認めるところであり、ここ最近の実力の伸びは明らかだ。
「ふふ、可愛らしいでしょう? 愛ですよ愛。人を人たらしめている愛を知ったからアズちゃんは強いんです」
「エルザはあの子に入れ込むわね。確かにいい子だけど……」
「それはもう。私の目に入れても痛くないくらいには」
「何よそれ」
雑談を続けるうちに、アズが運搬人を連れてきた。
運搬人たちは台車に影トカゲの死体を山の様に積み、割符を渡されて颯爽と去っていった。
「早いですねー」
アズがそんな様子を見て感心している。
「私達も戻りましょうか。あれだけ狩ればご主人様もそれなりには納得するでしょう」
「帰って早く休みたいわ。オセロット・コロシアムとやらにも出ないといけないんだし」
「楽しみですねー。予選を突破してみたいです」
「ねー。頑張りましょうね」
「私は楽しみではありませんわよ……」
一仕事終えて、三人は宿に戻る。
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