第58話 好感度が上がって、下がって

 主人とエルザが宿屋に戻り、部屋に入るとアズが出迎えに来る。


「お帰りなさい、ご主人様。エルザさん」


 アズの髪は普段と違い、とても奇麗に整えられている。

 髪自体は元々奇麗なのだが、普段は冒険者をしていることもあり偶に跳ねていたり少し荒れている。


 今は見違えたようにサラサラとしている。

 アレクシアが手入れを教えていた成果だろう。


 少し髪を触ってみると、アズはくすぐったそうにしていたが動かなかった。

 アズは主人に対して一番忠実だ。


 アズの髪を手の甲に乗せ、持ち上げてみるとサラサラと髪の毛が手の甲から逃げていく。


 肌触りも良い。

 光沢もあり、髪の上部にいわゆる天使の輪が見える。


「奇麗になったじゃないか」

「本当ですか? ありがとうございます」


 そう言ってアズは喜んだ。

 年頃の少女が見せるような、奇麗というよりは可愛さが勝る笑みだ。

 最初のぎこちない笑みに比べれば、随分素直に笑うようになったと主人は思った。


「アレクシアは?」

「奥に居ますよ」


 そう言ってアズは奥に目線を向ける。


「帰ったのね」


 アレクシアの話をしたからか、当の本人のアレクシアがこちらに来る。

 下着姿だった。


「はしたないぞ」

「髪を乾かしていたのよ。良いじゃない、どうせここには私達しかいないし、貴方に見せるのは今更だわ」


 確かに主人は目の前で着替えさせたりしていたので、何度もこういう姿を目にしている。


「羞恥心はないのか羞恥心は」

「分かった、分かりましたご主人様!」


 尚も口を出す主人に、アレクシアは両手を上げて降参のポーズをする。

 用意していた部屋着をアレクシアが着る。


 流石に戦闘用に用意したバトルドレスは、こういう街中では室内でも着せていない。

 本人のアレクシアからの抗議だけではなく、エルザまでちょっと可哀想だからと言われてしまったし、凄まじく目立つからだ。


 闘技場に出るときは当然着せるが、と主人が思っていることはアレクシアはまだ知らない。


 アズがエルザの方を見ると、イヤリングに気付く。


「それ綺麗ですね。エルザさんの目と同じ色だ」

「ありがと。ふふ、買って貰っちゃった」


 エルザがアズにイヤリングが見える様に、髪を右腕でよけた。


 アズがイヤリングを近くで見ている。

 透き通った紫色の宝石は光を反射して奇麗に輝いていた。


「ああそうだ、アレクシア。ほら」


 そう言って主人は青い宝石に彩られた指輪をアレクシアに渡す。


 流石のアレクシアも目を見開いた。

 基本的に男が女に指輪を送る意味は、帝国も王国もそう変わらない。


 ただ、アレクシアから見て今の主人はとてもそういう空気はない。

 元々奴隷なのだから、どう扱っても彼女は本来文句は言えないのだが。


 アレクシアが文句を言っても容認されているのは、いちいち怒るのも面倒になった主人が許しているだけだ。


「えっと……そういう事じゃないわよね?」

「なんだ? ほら、エレメンタルの結晶があっただろ。今日納品できて、ようやくこの奴隷を冒険者にするっていう試みが成果を出したからな。勿論日々の還元も良くするつもりだが、目に見えた報酬があっても良いだろう」


 主人は機嫌よく話す。

 ノウハウもなく、ただの少女であるアズを買うことで始まったこのビジネス。

 不安定極まりない試みだったのだが、幸い軌道に乗った。


 今考えるとかなり綱渡りだったように思える。


 本業である道具屋以外に目に見える収益があるというのは、主人の目論見通りだ。

 機嫌も良くなるというものである。


「ああ、そう。そうよね。貰えるならありがたく頂きますわ。ご主人様」


 アレクシアは少しでも焦った自分に対して、大きくため息を付いた。

 主人に対してそういった感情は無い。

 だがアレクシアは恋もしたことがないし、年齢的にはまだ大人と少女の境目だ。


 指輪を異性から贈られただけでどぎまぎするのも、仕方ない事だった。


 主人から指輪を受け取り、右手の薬指につける。

 要は労いのアクセサリに過ぎないのなら、別に気にする必要はないと判断した。


 指輪のサイズはぴったりで、アレクシアは主人を伺い見る。


 主人はエルザやアズと話していた。


 アレクシアはアイオライトの指輪を一度撫でると、右手を上げて指輪の宝石に光を当てる。


「悪くはないですわね」


 アレクシアは指輪を気に入ったようだった。


「そうだ、スパルティアだと魔物狩りの依頼が沢山あるから、コロシアムまでに一儲けして欲しいんだけど」

「……見直して損しました。やっぱりご主人様ってちょっとどうかと思いますわ」

「そう言うなよ。コロシアムまでゆっくり過ごすのは体もなまりそうだし」


 少しだけ上がったアレクシアの主人に対する好感度は、早速少し下がってしまった。


「貴方もコロシアムに出るなら納得できるけど、出るのは私達だけじゃない」

「まあまあアレクシアちゃん。暇なのは本当なんだし、その分ご飯とかも良いものにしてくれますよね? 私お魚とか食べたいなー」


 エルザがアレクシアを諫めつつも、主人に対して流し目で注文する。

 スパルティアは海からは少し離れているが、大きな川は近くにいくつもある。

 川魚は良く手に入るそうだ。


 ただ、四人分となると少し高い。

 市場で買い付けて宿に持ち込んでも良い値段になる。


 食用になる魔物の肉の方が安い位だ。


「分かった分かった。働く者にはきちんと報酬を。それが奴隷でもだ。今日の夜は魚を四人分にしてもらうから、しっかり働いてくれ」

「はーい。それじゃあ皆、行こうー」

「分かりました。髪飾りは無くさないようにしないと」


 アズはそう言って、主人から貰った道具袋にいそいそと髪飾りを入れる。

 道具袋の中には、初めて主人に会った時にもらった銀貨が一枚入っている。


 アズにとって、この二つが宝物だった。

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