第57話 奴隷達に報酬を

 宿に泊まった次の日、主人は朝のうちに再びオークションの落札者である商人の商店へ訪れた。


 そして無事会うことが出来、スパルティアに来た一番の目的であるエレメンタルの結晶は無事納品できた。


 奴隷を買い、冒険者をさせて来てようやく大きな成果が生まれたのだ。


 一応アレクシアに使わせている赤いブローチも十分な価値があるのだが、どう見ても太陽神教の重要な遺産っぽく、売るに売れなかった。


 これで奴隷に対して投資した資金をすべて回収、とはいかなかったが大きな一歩だ。

 冒険の度にどうしても費用がかかってしまうのだが、こればかりは必要経費だ。


 僅かな費用をケチって奴隷達に何かあったら大損だ。

 主人はそんなミスはしない。

 子供のころ、急いで稼ごうとして結果的に大損した経験が彼に気の長さを与えた。


 我慢や忍耐によって得られる成果の恩恵を彼は知っている。

 だが領主の息子に抗議した時は、余りの事に頭に血が上って事を急ぎすぎてしまった。


 この調子で稼ぐことが出来れば、店を大きくすることも不可能ではない。

 今の店は売れ行きも悪くないのだがどうにも店が手狭だ。


 店が狭いと置ける商品も限られる。定番の物しか置けないので、ついでに何かを売るのが中々難しいのだ。


 今は工夫して売り場の隅でエルザに聖水を作らせて売ったり、カウンターに作った燻製を置いたりして売り上げを何とか上げている。


 無事納品できたことに加えて、王国へ持ち帰る宝石類も確保できた。

 これを無事持ち帰られれば十分な利益になるだろう。


 土地は父親の代から抑えてある。借金を返すか、もしくは増築を考えても良いのだが懸念はやはり領主の息子だ。

 今の時点で増築を始めるとちょっかいを招く危険性があった。


 目をつけられている今のままでは難しい。



 商談に赴いた主人は、とりあえずエルザだけ連れてきていた。

 アレクシアは髪の手入れをしていて、声を掛けようとしたら殺意のこもった目で抗議してきた。

 アズは寝ぼけながら、アレクシアに髪の手入れを教わっていた。


 決してアレクシアの目が怖かったわけではないが、暇をしているエルザだけを連れてきたわけだ。



 主人とエルザはぶらぶらと歩いている。

 店を見ていると、どうやらスパルティアの主食は芋のようだ。


 食料を売る店ではひたすら芋を売っていて、なんなら蒸かした芋が露店で売られていた。

 燻製肉を乗せていて美味そうだ。


 泊まった宿でも主食は芋だったが……、美味かったので文句はない。

 一番文句を言いそうなアレクシアはお代わりまでしていた。


 帝国も芋をよく食べるらしく、特に気にならないらしい。

 そう言えば貧乏貴族だったな。


 アズは……好き嫌いはない。

 エルザも教会にいた頃よく食べたらしい。


 よく考えれば芋は飢餓対策として大陸に広まった経緯がある。

 嫌いだという人間はあまり聞かない。主人も金がない時は芋をよく食べていた。


 芋が広まってからは大きな飢餓はかなり減った。


 スパルティアの芋は甘みがあり、主食には向かない気がするのだが……。


 宿の人間に聞くとこの甘みが栄養なのだという。

 つまりスパルティアの戦士を食事の面で生み出しているのは、この甘い芋なのだろう。


 食べ物のエリアを抜けると、アクセサリなど小物類が売られるエリアに入った。


 スパルティアは宝石が魔物から手に入るため、こういったアクセサリの作成技術も進歩してきた歴史がある。


 戦士として活躍できなくなった老人や女性、若くとも怪我を負った戦士等がこういった仕事に従事するようだ。


 目に止まった店にはイヤリングが売られている。

 その中で紫色の宝石が彩られたイヤリングが目立つ。

 アメジストだ。


「気になるなら手に取ってみるかい?」


 店を開いていた女性が声をかける。


「司祭様に似合うと思うよ」

「そうだな……エルザの瞳の色と同じか」


 主人はイヤリングを手に取り、エルザを招き寄せて耳につけてみる。


「どうです?」


 エルザはイヤリングをつけた姿を見せながら主人に聞いた。

 心なしか嬉しそうだ。

 女性は御洒落が楽しみと聞いたことがある。


 エルザは胸に下げているロザリオ以外に小物はつけていない。


 アズには金の髪飾りを与えたことだし、今回は大いに儲かった。

 闘技場がどうなるかは分からないが、誰か一人は本選に上がるだろう。

 それなら元も取れる。


 成果を出したなら、目に見えるプレゼントでモチベーションを上げる必要もあるかもしれない。


 主人はそう判断し、イヤリングを買った。

 こういう小物は目立つほど買わない限り、宝石が使われていても制限に含めなくても良いらしい。

 常識の範囲内で、というやつだ。


 意外にざるだな。

 この国を出し抜く怖いもの知らずは居ないだろうけど、と主人は思った。


「ふふ、良いんですか。ありがとうございますー」


 エルザはそう言って主人の右腕に抱き着いた。

 胸が右腕に押し付けられる。


「分かった分かった。鬱陶しい」


 そう言って抱き着いたエルザを押し退ける。

 歩きにくいのだ。


「あらー」


 問題はアレクシアだった。

 此処にはいないのだが、プレゼントをアズに与えエルザにも与え、しかしアレクシアには与えないとなると……。


 考えただけでも恐ろしい。

 奴隷の癖に主人に恐怖を与えるとは。


 最初はやった事がやった事なので余り頭が良くないと判断して、うまく操縦できると思ったのだが。

 実際はかなり頭が回る。それは嬉しい誤算でもある。牢屋につかまった時も助けてくれたのもアレクシアだ。


 赤い髪に金の目。

 見た目だけでも派手だ。


「指輪が良いんじゃないですか?」

「指輪か」


 悩んでいるとご機嫌なエルザがアイオライトが嵌めこまれた指輪を示した。

 確かに髪との対比で良いかもしれない。


 これも買う。値段も手頃だしお土産としては上出来だ。


「アレクシアちゃんも喜びますよ」

「そうだと良いんだが」


 アイオライトの指輪は青く輝いていた。

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