第56話 偉大なるファランクス

 大まかな用事が終わり手の空いた主人は、少しばかり悩んだ後に闘技場を目指す。

 オセロット・コロシアムの出場登録もついでに済ませようという考えだった。


 目的地は目立つ場所にありすぐ見つかった。


 闘技場へ歩いていると、スパルティアの戦士たちが慌ただしく走っていくのが見えた。


「あれは……よし、行くぞ」

「えっと、どこへですか?」


 戦士たちを見て閃いた主人に対し、アズが疑問を口にした。

 流石にいきなりすぎて主人の思惑を把握できない。


「良いものが見れる。ついてこい」

「ちょっと、もう少し説明しなさいよ!」

「いいからいいから」


 そう言って主人が周囲を囲う壁に上る階段へ移動する。

 訳も分からぬままアズ達は追いかけた。


 勝手に登ってもいいのかとアズは思ったが、主人以外にも壁の上に待機してる人間がいる。


 見た目からしてスパルティアの人間ではなさそうなので、主人と同じ目的だろう。


 壁の上にいる戦士たちに近づかなければ問題ないようだ。


 門が開かれ、50人ほどのスパルティアの戦士が外に出ると隊列を組む。

 上から見ると良く分かるが、完全に等間隔でかつ密集している。

 その上で全員の息が合っている為動いてもぶつからない。


 前面の戦士が皆正面に盾を構え、後ろの兵士が上方に盾を構える。

 槍がその隙間から出された。


 スパルティアの名物陣形、ファランクスだ。


 一団の動きは流れる様に行われ、見ている側にとっては集団そのものが一つの生命体の様に感じられる。


 そうすると、向こう側から土煙と共に何かがスパルティアへと向かってくる。

 スパルティアの戦士たちはあれに対抗するためにこうしてファランクスを組んだのだろう。


 向かってきているのはゴブリンの集団だった。

 狼に乗ったゴブリンライダーたちが先陣を切り、ゴブリンの集団がスパルティアをめがけて攻めてきたのだ。


「なんですの、あの数……」


 アレクシアが思わず口にする。

 ゴブリン達の数は優に100体を超えている。


 普通ゴブリンの集団はせいぜい数匹だ。

 巣穴に行けば10体は居るだろうが、このような数は見たことがない。


「魔窟の所為ですねー。あそこは魔物をひたすら生むので」


 エルザがアレクシアの呟きに答える。

 魔窟。世界に空いた穴。魔物が無限に生まれる魔物の海。

 誰も中を見たことは無い。何時からか有った。


 スパルティアが此処に成立したのも、市民皆兵主義を採用しているのも、この魔窟があるからだ。


 ゴブリンライダーたちがスパルティアの戦士が組んだファランクスに接近する。

 石を詰めた布を振り回し、十分な遠心力を込めたそれをファランクスに投げ込む。


 ゴブリン達は非常に狡猾で、個体が弱い代わりに人間の様にこうして道具を使う。


 ゴブリンライダーの後ろにはゴブリンの弓兵達が矢をつがえ、弓を引き絞る。

 ゴブリン達の弓は小さいが、距離を詰めれば十分な威力になる。


 スパルティアのファランクスは一切動かない。


 隙間なく覆われた盾は石を弾き、弓を通さない。

 被害は盾に矢が刺さるだけで、非常に強固な守りだ。


 更にゴブリン達は3体のメイジを前に出す。

 ゴブリンメイジは魔法を詠唱し、それをファランクスに向けようとする。


「槍を放て!」


 指揮官の戦士がそう叫ぶと、ファランクスが僅かに解かれ中から3人の戦士が槍を振りかぶっている。


 助走もなく、体の捻りと筋肉だけで放たれた槍は奇麗にゴブリンメイジ達の頭を砕いた。


「チャージ!」


 スパルティアの戦士たちが一斉に盾を下ろし、陣形を広げて剣を抜いた。

 ゴブリン達からの脅威はもうないという判断だ。


 盾に刺さった矢を剣で斬り落とす。


 そして戦士たちが一気にゴブリン達へ向かう。

 見事なのは、攻めに転じてもなお集団が維持されていることだろう。


 誰かが前に出すぎれば周囲の戦士たちが押し上げてカバーし、穴が生まれないようにしている。


 指揮官はもとより、戦士たち全員の練度が高いからこそできることだ。


 100を超えるゴブリン達も剣を抜いて応戦するが、話にならない。

 戦士としての実力に開きがあり過ぎた。


 剣を振りかぶり、スパルティアの戦士に襲い掛かったゴブリンは盾による殴打で剣ごと叩き潰された。


 その様子を見て怯んだゴブリンを、同じ戦士が剣で一刀両断にする。


 一方的な戦いだった。数体のゴブリンが逃げ出すが、槍投げによる追撃に倒れゴブリン達は全滅した。


 戦闘開始からそれほど時間が経たずにスパルティアの戦士たちは魔物を殲滅し終えてしまった。

 それから再び門が開き、数名の男たちが台車を押しながら戦士たちの所へ向かう。

 ゴブリン達の装備やアイテムで使えそうなものを回収し、ゴブリン達の死体を一ヵ所に集めた。


 油をまき、火をつける。


 疫病の防止と別の魔物が血で寄ってこないようにする為の措置だ。

 別の魔物が魔物の死骸を食べると、繁殖に加えて力をつけてしまうことを防ぐ。


 魔物狩りによる恩恵は人間だけのものではない。


 そしてスパルティアの戦士たちは血を拭い、街へと戻っていく。

 50人の戦士が誰一人欠けることなく勝利してしまった。


 凄まじい強さ、というよりも練度の高さと防御の硬さだろう。


「凄いですね!」

「なっ!」


 スパルティアの戦士による圧倒的な戦闘を見た主人とアズがはしゃぐ。

 アレクシアがそれを見て肩をすくめる。


「これほどとは……。後アズ、はしゃいでる場合じゃないでしょ。あの戦士もコロシアムに出るのよ」


 アズがそれを聞いた瞬間、固まった。


「そうでした……どうしよう。勝てる気がしないです」


 流石に途中で会ったスパルティアの戦士であるダーズは別格だったようだ。

 あれほどの戦士は先ほどの戦闘では見なかったのだが、それを差し引いても皆屈強極まりない。


 盾に粉砕されたゴブリンを思い出してアズは震えた。


 主人はアズの背中を叩く。


「記念だ記念。予選を突破すれば参加費の元は取れるから予選突破を目指せ」

「志が低いですわね……まあ流石にあれを見て優勝はできる気がしませんが」

「ふふ、まあやるだけやってみましょうかー」

「頑張ってみます」


 壁を降りて、再び闘技場に向かう。

 オセロット・コロシアムへの登録が完了した。

 登録料を三人分支払う。


 オセロット・コロシアムの参加人数は、現時点で150人。

 そして本選に出れるのは、20名のみ。


 オセロット・コロシアムの開始は二日後の朝からと知らされた。

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