第51話 交易路を守るもの

 スパルティアの戦士はエトロキの死を見届け、勝利を神に捧げるために剣を天に掲げた。

 そして剣をしまうとアズ達に向き直り、ニッと笑い自らの名前を告げた。


「私の名前はダーズ・アラーニーだ。お前達のお陰で楽に倒せたよ。まずはダメになる前に素材を剥がそう」


 ダーズはエトロキから素材を剥がしていく。

 アズはそれを手伝った。


 やがて解体がおわると、大きな魔石と爪、牙、毛皮、筋肉の健が採れた。


「私は毛皮と牙と筋が欲しいのだが構わないか?」

「勿論だ。助かったよ」


 主人はダーズと握手を交わし、交渉は成立する。

 エトロキの素材のうち、高い部分がダーズの手に渡ることになるのだが、戦闘の貢献度から考えればこちらにも素材が渡るだけで十分すぎる。


 爪と魔石だけでもちょっとした金になるだろう。


「どうしてここに?」

「この辺りでエトロキの出現の噂を聞いて調査しに来た。交易路を危険にさらす訳にはいかない」

「あなた一人で?」

「ふ、まさか。いくら私でも一人でエトロキの相手は骨が折れる。部下達と来ていたんだが、グリズンを見掛けてな。此方だと思って急いできたのだ」


 グリズンはエトロキが従えていた黒い狼たちだ。

 此方からは毛皮と魔石くらいしか採れなかった。ダーズはこちらの素材は欲しがらなかった。武具に使うには質が悪すぎるらしい。此方でもらうことにした。


「何にせよ助かった。ありがとう」

「良い。これも仕事だし素材も貰ったからな。だが、良いパーティーだ」


 ダーズがアズ達を見る。


「目と判断に優れた軽戦士。実感できるほどの祝福を使える司祭。エトロキの心臓を穿てる魔導士。すぐにエトロキにも勝てるようになるだろう」


 スパルティアの戦士の優れた戦況眼がそう判断するのだ。恐らく事実なのだろう。

 主人が思うよりもずっと早く成長しているのだ。この奴隷パーティーは。


 話していると、3人のスパルティアの戦士が馬……ではなく大きな鳥に乗ってこちらにやってきた。

 三人ともダーズに負けず劣らずの屈強な戦士だ。


 彼ら一人を相手にしてこちらのパーティーが勝利するのは難しいだろう。

 エトロキとは違い、凄まじい力を豊富な経験を使って活用してくる。


 三人が乗っている鳥は羽が退化して飛べなくなり、その代わりに脚が大きく発達して速く走れるように進化した魔物だ。

 スパルティアの戦士はこの鳥の魔物を家畜化して移動の足にしている。


 当然ながら魔物なので危険があるのだが、この鳥の魔物に乗れないような軟弱な戦士はスパルティアには存在しない。


「隊長! いくらなんでも一人で行くのは問題です」


 部下の一人がダーズの乗っていたであろう鳥の魔物を曳きながら、ダーズに苦言を呈した。


「案の定、我々の分が無いではありませんか」


 どうやら、自分たちが置いて行かれた間にエトロキが討伐された事が不満なようだ。

 噂通り、いやそれ以上の戦士たちだ。


「すまんすまん。それでは旅の人、これで失礼する。我が神の縁があればまた会うだろう」


 そう言って素材を詰め込んだ袋をひきさげ、ダーズ達は去って行った。

 スパルティアの戦士たちはこの空白地帯の交易路の安全も担っている様だ。


 こうした努力が交易の価値を守り、スパルティアの国力を高めているのだろう。


「それにしてもアレクシア、お手柄だったな」


 そう言って主人がアレクシアを褒め、肩に手を置こうとするとその手が弾かれた。

 主人は弾かれた手をさする。

 アレクシアは両手を組んで鼻を鳴らす。


「全く。いくら奴隷だからといっても気やすく触れないで下さい。自分の為にやっただけですわ」

「労っただけなんだが、まあいいさ。それが俺の役にも立つ。エルザ、アズ。お前達もご苦労だった」

「は~い」

「はい!」


 アズは主人の近くに来ると、上目で見てくる。

 主人は何だ? と考えた末に頭を撫でてやった。


 魔石と爪を荷物に積み込むと、早速移動する。

 エトロキの肉や血は戦士たちと共に埋めたのだが、匂いは周囲に残っている。

 長居すると他の魔物を呼び寄せてしまうだろう。


 スパルティアの戦士が通ったからなのか、そこからの道は平和なものだった。

 魔物の襲撃もなく、途中で休憩を何度か挟み距離を稼ぐ。


 あと少しでスパルティアというところで日が暮れてしまったので、洞窟を見つけて其処で夜を明かすことにする。


 洞窟は程よい長さだ。

 普通に野営するよりよほど安全に夜を過ごせる。


 洞窟の中で火を起こせば、寒い夜でも大分暖かく過ごせた。


 川魚の干物や肉の燻製を火で炙り、食べる。

 パンはもう硬くなってしまったので、水につけてふやかせてやわらかくした。


 流石に美味しいとは思えなかったのだが、代わりにまだ残っているチーズも出す。

 食事に不満げなアレクシアも、温めて柔らかくなったチーズには満足したようだ。


 アズは熱々のチーズを必死に冷ましながらちょっとずつ食べている。


「美味しいです。こういうチーズの食べ方があるんですね。初めてチーズを食べた時もビックリしましたけど」

「そうか。成長期なんだ。もっと食べろ」


 エルザはいつの間にか葡萄酒を取り出して一杯やっている。


「ふふ。やっぱりチーズにはこれですよね」

「奥にしまってあったのにいつの間に……。まあいいさ。売り物でもないし」


 葡萄酒は旅で運ぶには向かない。商品にはならないので主人が飲もうと思って持ってきたものだ。

 アズにもコップ一杯分を分けてやるが、一口で何とも言えない顔をしたので残りは主人が飲んだ。


 アレクシアはぶつくさと文句を言いながらも、コップを差し出したので分ける。


 酔うほどの量ではないが、もう少しで目的地というのもあって少しばかり気分が良かった。


 虫の音と焚き火の音以外は聞こえない、静かな夜だ。


 アレクシアと主人が最初の見張りをする。


 最初に比べれば多少穏健に会話は出来るようになったが、それはアレクシアが妥協しているだけに過ぎない。


 二人きりになると、そもそもあまり会話が弾まないのだ。

 それも仕方ない。


 主人はアレクシアの横顔を見る。

 ……火に照らされてその横顔は美しかった。

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