第50話 大いなる戦士

 スパルティアの戦士が放った槍は、相当な距離があるにもかかわらずエトロキの頭へと正確に向かう。


 エトロキはそれを鉈で迎撃すると、耳をつんざくような音が鳴り響く。

 迎撃に成功したエトロキは驚くべきことに、槍の迎撃で大きく鉈が弾かれてたたらを踏んでいた。


 どれだけの力が込められていれば、それが可能なのかアズには見当もつかない。


 スパルティアの戦士は空いた手で剣を抜き、エトロキと四人の間に立った。

 エトロキはスパルティアの戦士しか見ておらず、スパルティアの戦士はエトロキから目を離さない。


「魔導士、一番威力のある魔法を溜めろ」


 スパルティアの戦士は盾を構え、アレクシアに指示する。

 アレクシアは反論しようとしたが、主人が黙らせた。


「分かりましたわ。当てる隙はそっちで作って」


 アレクシアは詠唱を開始する。


「司祭、私に祝福を」

「勿論~」


 エルザがスパルティアの戦士に祝福を授け、その力を底上げする。

 最後にスパルティアの戦士はアズに僅かに目を向け、視線を戻した。


「戦士の少女よ、お前は好きに動け」


 アズは頷いた。


 そしてスパルティアの戦士は前に出る。

 エトロキもそれに呼応して前に出た。


 お互いの間合いは既に一足一刀の間合いに差し掛かった。

 先に動いたのはエトロキだ。右手の鉈を振り上げてそのまま力を込めて振り下ろす。


 アズは回避するしかなかったそれを、スパルティアの戦士は左手に持った盾で正面から防いだ。


 スパルティアの戦士の足が地面に沈む。

 しかし姿勢がぶれることは無い。信じられない事に力負けしていないのだ。


 アズはその光景に羨ましさを感じた。

 アズの体格や筋力では到底不可能な芸当であり、魔物狩りによる能力向上では後どれだけかかるかもわからない。


 スパルティアの戦士はエトロキの攻撃の全てを盾で防ぎ、弾き、いなす。


 そして隙を生み出しては右手の剣で斬りつけるのだ。

 分厚い毛皮ごと肉を斬る。


 目まぐるしく争う二人はさながら暴力の嵐であり、凄まじい力のぶつかり合いだった。


 アズはその光景を見てかつてのカタコンベを思い出す。

 灰王と、アンデッドと化した太陽神の使徒の戦い。


 あれ程ではないが、目の前の二人の戦いは格上同士の戦いであることに違いはない。


 だが、かつてのアズと今のアズで違う点が一つある。


 かつてのアズは余りに弱く、灰王と太陽神の使徒との戦いには決して参入する力はなかった。

 しかし今は違う。

 アズは確かに今戦っている二人に劣るが、それでも戦士としての実力がある。


 エトロキはスパルティアの戦士しか見ていない。


 アズはエトロキの背後に回り、足や腕を斬りつける。

 即再生するとはいえ、斬られた瞬間は硬直しエトロキの力が弱まる。


 エトロキから晒される重圧が大きく軽減されたことでアズの身軽さがより発揮される。

 エトロキが動こうとする瞬間を狙うことで、スパルティアの戦士に対する重圧を抑え、動きやすいように支援することが今のアズに出来る事だった。


 スパルティアの戦士とアズの目が合う。

 スパルティアの戦士は少しだけアズを認めたように笑う。


 エトロキの動きが速くなる。エトロキの筋肉が温まり、心臓の鼓動が速まっている。

 盾だけでは防ぎきれなくなると、スパルティアの戦士は剣も使ってエトロキの鉈を弾く。


 僅かずつだがエトロキが押し始めた。


 エトロキはアズが動きを阻害し続けているにもかかわらず、強引に動く。

 だがスパルティアの戦士は冷静だった。


 正面から防ぎきれなくなると、ワザと自らに隙を作ることで攻撃を誘導することで戦況を操作する。

 それは綱渡りのような戦いだったが、歴戦の戦士にとっては見慣れた戦いに過ぎない。


「オォッ!」


 スパルティアの戦士は裂帛の気合と共に、エトロキに傾きかけた流れを押し戻す。

 エトロキが両手で握った鉈を、スパルティアの戦士は剣を捨ててこちらも両手で握った盾で受ける。


 真正面からの純粋な力の比べ合いは流石にエトロキが強い。

 アズの攻撃を完全に無視し、エトロキはスパルティアの戦士を押しつぶそうとする。

 エトロキの意識は完全に目の前に集中した。


「やれ!」


 掛け声とともに、アレクシアの周囲に魔法陣が展開する。

 今まで使った魔法とは違う。

 長時間による詠唱、そして容赦なく吸い上げられる魔力がブローチによる補助により極大の火へと変換される。


 それはアレクシアを包むこむほどの大きさに膨れ上がった後に、手の平に包めるほどの大きさへ圧縮された。


「良い引きつけですわね!」


 アレクシアが圧縮された火球を放つ。


 それは一直線にエトロキへ向かう。

 エトロキはその段階でようやく気付いたが、その瞬間にスパルティアの戦士が剣を拾い片足を縫い留め、アズがもう片方の足を貫いた。


 火球がエトロキの胸部に当たると、圧縮された火が解放された。

 解放された火は貫通力を保持するため線の様に伸び、的確にエトロキの心臓を丸ごと貫き、焼いた。


 エトロキの胸部には大きな穴が開き、心臓を失ったエトロキは再生力を失う。


 初めて大きな悲鳴を上げたエトロキ。

 だが、エトロキもまた戦士である。


 致命傷を負い、死が確定した後であっても戦うことを止めはしない。


 エトロキの全身の筋肉が膨れ上がる。

 心臓がないにもかかわらず筋肉に強引に血が送られ、心臓があった胸部から血がほとばしる。エトロキの最後の力が振り絞られている。


「私の後ろへ来い!」


 アズは盾を構えたスパルティアの戦士へ急いで下がる。

 エトロキから最後の力が衝撃波となって放たれた。


 スパルティアの戦士は盾を地面に穿ち、肩を当ててそれを耐える。

 大きく盾が揺れる、だがスパルティアの戦士は大樹の様に動かない。


 やがてそれも収まり、エトロキが大きく倒れ込んだ。

 

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