第46話 アズと野営と火おこしと
丸一日を買い物に費やし、下着から肌のお手入れ品まで買い揃えた。
財布を預かったアズは、化粧品の類に関しては流石にこんなものまで買っていいのかと悩んだ。
肌の手入れは女の嗜みで、見た目が奇麗になれば主人だって喜ぶと言われてそのまま買う。
食料や身支度品の大半は道具屋である主人の店にあるので、荷物を抱えて店に戻る。
山のような荷物を抱えているのを見て主人はぎょっとしたが、三人の満喫した様子を見て肩をすくめる程度に留まった。
馬車の手配も完了し、次の日にスパルティアへ向けて出発した。
主人と奴隷三人での初めての旅路だ。
馬車を引けるのは主人とエルザだけだったので交代で引く。
アレクシアは馬は引けるのだが、なぜか馬車を引くと馬が暴れるのだ。
こんな筈では……とアレクシアは肩を落としていた。
馬車は少し広いものを用意してあり、奴隷三人の他には食料や行商品が積まれていた。
道中の魔物は基本的に大した脅威ではなく、アズやアレクシアがさっと行ってさっと倒す事で対処した。
中には食料になる魔物も居るので、川が近い時は主人が解体用のナイフで解体して肉にする。血抜きし、皮を剝いで内臓を埋める。肉を川に浸して冷ませばすぐに腐敗するのを防げる。
といっても燻製にする時間もなく長持ちしないので、その日に食べれる分だけ持っていく。
置いていけば他の魔物が餌にするだろう。
肉の処理に併せて休憩にし、調理の用意を行う。
主人はアズを隣に置いて手伝いをさせる。他の二人も手が空いたら見学だ。
最初は主人がやり、見本を見せた後に同じことをやらせることで最初は手間取っていた作業も見る見る早くなる。
「貴方が解体できるとは思わなかった」
「親父が狩りが趣味でな。偶にこうして解体を手伝っていたんだ」
この辺の魔物なら鉈か斧があれば倒せる。
とはいえ冒険者でもない一般人がわざわざ狩りをするには危険なのだが、主人の父親は気にしなかったようだ。
「アズ、血は平気か?」
「はい。魔物と戦っている間に慣れました」
以前黒蛇の頭を集めて、その結果血を山ほど浴びてべそをかいたときに比べて随分とたくましくなった。
肉の一部を川から取り出して、表面についたヒルを噛みついている肉ごと取り除く。
携帯している食料、特に肉は保存も考えて塩漬けや燻製したものばかりだ。
そういったものばかり食べると病にかかるので、こうして獲物が手に入った時は新鮮なものを食べる。
野菜は酢漬けにされた葉野菜だ。
こればかりはどうにもならない。根野菜は重いので数が積めない。
アズは毎回これを口をすぼめて食べている。絶対に食事を残さないがすっぱいものは苦手らしい。
肉を切り、胡椒を振って焼く。
香辛料は王国の特産品の一つだ。他の国に比べて安いので少量なら気兼ねなく使える。
その辺にハーブがあれば川で洗った後にそれも入れる。
中まで火を通した肉に塩を添えて、それを酢漬けの野菜と共にパンに挟んで食べる。
パンが硬くなってしまうとこうやって食べられなくなるので、旅の最初だけの楽しみだ。
残った肉を他の品から離して積み込む。
こうして休憩などを挟みながら目的地へと向かった。
目的地までは遠い。日が暮れる頃には良さそうな場所に目星をつけて其処に簡単なテントを立てる。
肉の匂いで魔物や狼が来てしまうので、手に入れた肉は夕食のスープなどに入れて全て消費する。
下手すれば見た目はともかく貴族より豪勢な食事だろう。
野宿する時は2人1組で火の番をする。
アズは奴隷三人で順番に火の番をすると思っていたのだが、主人もするようだ。
どうやらこうした作業が好きらしい。
火の起こし方を熱心にアズに教え、古い火打石をアズに渡す。
アズはそれを大事そうに自分の荷物入れに入れた。
「次からはお前がやってみろ」
「分かりました」
「火が付く瞬間は楽しいぞ」
そういう主人はまるで童心に帰ったかのようだ。
夜は太陽が沈み、月が顔を見せる。
この辺りは気温が穏やかな方だが、それでも夜は冷え込むのでローブを被り火に当たる。
木の爆ぜる音、崩れる音。遠くでわずかに聞こえる遠吠え。虫の音。
主人の微かな呼吸音。
それ等を聞きながらアズは火を見つめる。
主人との会話は余り無かったが、そこに流れる空気は嫌なものではなかった。
昔は大人と接する時、アズは常に嫌な空気を感じていた。
自分が此処にいることを拒絶するような、そんな空気だ。
主人からはそれがない。主人からすれば当然かもしれない。アズは主人の所有物でしかないから。
安心を覚えたアズは舟をこぎ始め、眠る。
いくらなんでも子供には遅い時間だ。
主人はアズをそのまま寝かせて、焚き火に当たる。
ある程度時間が過ぎた後、エルザとアレクシアが火の番を交替した。
アレクシアは火の粉が髪につかないように髪を後ろで纏める。
そうするとより活発な印象になった。
エルザはあまり気にしないようだ。
「……長生きしないわね」
「何がですか?」
「あの男よ」
「ああ、ご主人様ですね」
奴隷が寝入っても特に怒る訳でもなく、そのまま運んで寝かしつけに行った。
最初の方こそ奴隷と主人の建前をやろうとしていたようだが、多分今はそれも忘れている様だ。
「良い人程早く死ぬって言うじゃない。この言葉自体は酷く矛盾しているけど、時折そう思うわ」
「長生きしてる人間は皆悪人って事になりますねー」
「金金金、そういう割に寛容というか、変に気が長いというか」
「不満ですか? 正直助かってますから馬車馬の様に働くのはちょっと」
「そうは言ってないでしょ。……私は貴族だったから、ああいう人間はたまに見る。優しい人間はつけ込まれて何もかも失ってしまう。そして、人が変わるかあるいは」
アレクシアには何か思うところがあるのだろう。
「それでも、変わらない人もいるんじゃないですか? 人間はあなたが思うより強いですよ」
そう言ってエルザは右手を口元に沿えて笑う。
その表情は聖女のような笑みだった。
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