第44話 風の迷宮の枯渇と休息
アズ達はカズサと別れた後に宿へ向かう。
疲れにより重い足取りだったがなんとか宿に到着し、荷物を倉庫に預けつつ近くの公衆浴場で汚れと疲れを落として泥のように眠った。
もっとも体力のあるアレクシアも流石に疲れていた様子だ。
アズは特に疲れがあったのか、丸一日眠り続けたままだった。
夢の中で何かを見た気がする。だが、起きた時それは霧散していた。
大事をとって三日間の休養をとったアズ達は、再び風の迷宮を目指すのだが……。
「魔物が居ない?」
「そうだよ、困ったもんだ」
風の迷宮ですれ違った事のある冒険者のパーティが入口にいた。
挨拶をしたところ、随分困った様子で切り出された。
「正確に言うと一階層と二階層は多少魔物が居るんだが、其処から下が全くいないんだ。あんまり奥の層はおっかなくて見れてないんだが、多分同じだと思う」
「それは……困りますね。狩りにならない」
「そうなんだよ。折角良い稼ぎになってたのに」
挨拶もそこそこに冒険者達は移動していった。次の狩場を探すのだろう。
アズ達も同じだ。稼ぎに来ているのに相手が居ないのでは意味が無い。
「中を確認してみますか?」
「……いえ、事実でしょう。噓を言っている感じはしませんでした」
「元々人気がある場所でもないしそんな嘘ついてもね。彼らの荷物も空っぽだったし。そういえば拡張の話はギルドでも出なかったわよね。確認されてないのかしら」
「そもそも拡張された場所はすぐ閉じましたから。あの地震の時に迷宮に居なければ分からないでしょう」
「カズサは誰にも言わなかったのかな?」
友人のように思っているあの野良猫のような少女を思い出す。
カズサはギルドでは見かけなかった。
いくら癒しの奇跡を受けたと言ってもあの大怪我の後だ。休養しているのかもしれない。
「ああいうタイプは義理堅いわよ。他人を信じない代わりに恩は絶対忘れない。私達とのあの狩りはカズサにとっても良いものだったんでしょ」
「そうかな。そうだと……いいな」
「それにしても困ったわね。今から他の迷宮に行っても良いけど、ここからだと他に大した場所もなさそう」
「ん~元々風の迷宮で稼げと言われて来てるんですし、他に行くより戻りましょう。でもなんで魔物が居なくなったんだろう」
アズは不思議そうに風の迷宮を振り返る。
心なしか前回来た時よりも色あせて見える。
まるで根源的な力が無くなったような。
そう言えば迷宮には主が居なくなると力が失われるものが存在することを思い出した。
ルインドヘイム・カタコンベもそうだった。
この風の迷宮は本来この程度の迷宮だったのかもしれない。
この迷宮に主が居たとすれば、あの不思議なキヨと呼ばれたアンデッドと創世王の使徒と名乗る少女だろう。
創世王の使徒が消失し、キヨは何処かへと旅立ってしまった。
倉庫の荷物は既に運ばれた後だったので、ポータルを利用して元居た街に戻る。
見覚えのある景色を見て久しぶりに戻ったという感覚がある。
日数にすればそれほど長く離れていたわけではないが、やはりアズにとってはこの街が愛着があるのだと再確認した。
屋台が沢山並んでいる街の広間では、その中央で例の像を建造する準備が進められている。
太陽神教の司祭達と大工達が話しているのが此処から見えた。
エルザの顔を見るといつもと様子は変わらない。
「アズちゃん、どうかしましたか?」
「なんでもない」
そして主人の店に戻る。
主人の店はいつも通りそれなりに繁盛している様だ。
道具屋と言いながら手広くやっている。
燻製を始めた時は些か度肝を抜かれた。
裏口から入り、荷物を部屋に置いて主人の部屋をノックする。
返事はすぐに帰ってきた。
扉を開けるといつものように帳簿をつけている主人の姿がある。
その姿を見るとアズはほっとするのだった。
此処は帰ってきていい家なのだと。
「どうかしたのか? もう暫くは向こうで活動する予定だったと思うが」
言われる前にいそいそとアズは座る。
主人は帳簿から目を離さず、仕事をしながら聞いてきた。
その声は事務的ながら、少し心配の声も感じられる。
「えっと、実は……」
アズが迷宮で起きたことを話す。
創世王の使徒だのなんだのは正直説明に困ったのだが、主人は金にならないことにあまり興味がないようでさっと流された。
むしろスケルトンが奥層の敵を倒したことでアイテムをたくさん回収できたことに喜んでおり、そのスケルトンは良いスケルトンだなと言う始末だった。
確かに良いスケルトンではあったが、一歩間違えば首が落とされていたアズは同意しかねる。
この主人は良い人なのだが、金が絡むと少しばかり奇人になる。
いやそもそも、アズ達奴隷を買った上で冒険者をやらせているのだから酔狂というべきか。
「しかし風の迷宮がダメになったか。土の迷宮関連で良い稼ぎになったんだが」
どうやらアズ達が頑張って得たアイテムはかなり良い収益になったらしい。
「そうだ、これ」
そう言って主人はエレメントの結晶を取り出す。
「お手柄だぞアズ。後他の二人。オークションに出したらかなり良い値段がついた」
そういって主人はアズの頭を撫でた。
「ありがとうございます」
褒められることにまだ慣れてはいないが、それは確かにアズの心に沁み込んだ。
「しかし運び屋か。そういうのもあるんだなぁ」
「そりゃあ知らないでしょう。ここで算盤を弾いているだけですもの」
アレクシアは主人の言葉に皮肉を漏らすも、主人はだからどうしたと両手を上げる。
「それが俺の仕事だからな。というか俺が行ってもしょうがない。前衛に魔導士に司祭に。俺が何をするんだ?」
「それこそ運び屋でもなされば?」
アレクシアの言葉に主人は真剣に考えこむ。
これは多分かなり考えている顔だ。
その方が稼げるならこの人は危険でもやりかねない。
主人は顔を上げる。
「考えたがダメだ。仕事が溜まってこの店が回らなくなる」
「貴方が牢屋に入れられていた時、この店きちんと回ってませんでしたか?」
エルザの言葉に主人は何も言い返さず、エルザの眉間に人差し指を置いてちょい押しした。
わっとエルザが言う。ふざけて楽しんでいるのだろう。
「実はな、次はもう決まっているんだ。何処かで呼び戻そうとしたが手間が省けたな」
そう言って主人が取り出した紙にはこう書かれていた。
第7回大陸武芸大会【オセロット・コロシアム】の開催決定、と。
優勝賞金は金貨600枚。
主人はとても良い笑顔だった。
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