第42話 継承

 アズとカズサはスケルトンが喋り出すまでしばらく待つ。

 カズサの息が少しだけ荒くなってきている。

 傷が痛むのかもしれない。手持ちの布を水で濡らし、カズサの額に載せた。


 時計もないこの空間では時間が分からない。

 長かったような、短かったような時間が流れた後にスケルトンの意識がこちらに戻ってきた。


「良い、良い話だった。儂は灰王との約束を守る名目でずっと此処におったが……時代とは流れるもの、か」


 スケルトンは創世王の使徒を見る。

 静かに佇む少女は、変わらずそこにいる。


「長い停滞が終わるのか? だが灰王だけでは……繰り返すだけだ」


 スケルトンはアズを見た。

 スケルトンからすれば、目の前の少女は並の戦士より少しマシな程度だ。

 力も、魔力も、技量も。


 この少女がこの大きな流れに関与するとはとても見えなかった。

 どこかで流れに巻き込まれたとしても、呆気なく死ぬだろう……。


 そこまでスケルトンが考えた時、創世王の使徒の指が動いた。


「なっ」


 創世王の使徒はそのまま上半身を起こし、まずスケルトンを見る。


「キヨか? 随分……痩せたね君」

「馬鹿な。どれだけの月日を過ぎても動かなかったというのに」

「蘇った訳じゃない。ただ、魂が近くにいるから少しだけ目が覚めた」


 そう言って創世王の使徒が立ち上がった。

 キヨと呼ばれたスケルトンは余りの事態に固まってしまっている。


 人間の姿をしているが、人間以上に美しい。

 ただ、その体の端からゆっくりと光の粒子になり始める。


「起きた途端これか。時間がないな」


 創世王の使徒は自らの手を見つめる。

 先ほどは確かにしっかりと見えていた体が、僅かに透けていた。

 目の前の少女がこの世から消え去っていくのを見ているアズは感じた。


「話は私も聞いていたよ。灰王は……死んでもまだ楽にはならないか。相変わらず頭の固い男だ。だからこそ間に合ったのか」


 創世王の使徒はアズを見た。


「アズ」

「は、はい」

「私は創世王の使徒。第四位にして最後の使徒。ユースティティアだ。王の留守を任されたのに負けた敗北者でもある」


 ユースティティアは威厳ある声でそう言った。

 存在が薄れているにもかかわらず、後ろで固まっているスケルトンと同じかそれ以上の力を感じる。

 これほどの存在が相打ちで倒すしかなかったという太陽神の使徒は、一体どれほどの恐ろしさだったのだろう。


 太陽神の使徒はアンデットと化した姿しか見ていなかったし、対峙したのはアズではなく灰王だった。今のアズではまだその力を想像することも叶わない。


「お前は何の宿命もなく、しかしここに来た。お前は何の力も感じないただの人間だが、生きて困難を超えた。時代の変革とは必ずしも強者が生み出すものではない」


 ユースティティアはアズの顎を右手で掴むと、瞳を覗き見る。

 ユースティティアの美しい虹の色彩からアズは目を離せない。


 無機質なようで、しかし瞳の奥底に意思を感じた。


「知っているか? 灰王はお前のように弱い人間だった。最初は弱い魔物にもおびえていたよ」

「あの男がか? 信じられんな」


 キヨがようやく固まっていた状態から戻ってきた。


「事実だ。私は灰王を取り上げた頃から知っているのだぞ」

「なるほど灰王がお前に心酔していたのは刷り込みもあったか」

「どうだろうな。ただ灰王は灰王の正義の為に。自らの意思で戦った事はお前も知っている通りだ。アズ、お前はどうなる?」


「私、は……強くなりたいです。私の場所を守るために」

「そうか。本当なら私が鍛えてやりたかったが――、時間がない。一つだけお前に残してやろう」


 アズとユースティティアは至近距離で見つめ合ったままだ。

 ユースティティアは互いの瞳を通し、アズに継承する。

 それはアズには認識できない何かだった。

 ユースティティアの記憶も垣間見えたのだが、それも消える。


 痛みがある訳ではない。違和感もない。

 だが何かがアズに宿る感覚だけが僅かに感じられた。

 それも時間と共に消えていく。


「今のお前では意味が無いものだ。だが、お前が運命を超えた時に意味を持つだろう」


 それが最後に残った力だったのだろう。

 ユースティティアの身体が光になって崩れていく。


「王よ。私は役に立ちましたか――?」


 アズの顎を掴んでいた右手も消え、美しかった少女が消え去っていった。


「消えたか。……魂が近いと言っていたが」


 しばしアズは呆気にとられていたが、突然糸が切れたように倒れ込んだ。

 カズサが朦朧とする意識の中でなんとか引っ張るものの、二人で倒れ込む。


「……何を継承した? 何が変わったとも思えぬが。まあ良い」


 キヨは少女二人を抱えると、神殿の別の部屋に移動する。

 そこには僅かな寝具があった。


 少女達を寝かせ、シーツをかぶせた。

 カズサの容態を確認し、棚にあった薬草入れから乾燥した薬草を数枚ほど口にねじ込む。


 カズサは咽たが、キヨはお構いなしだ。


「我慢せい。熱も下がる」


 カズサはなんとか薬草を飲み込むと、キヨはカズサの口に水を飲ませる。

 するとカズサは落ち着いた寝息をし始めた。


「やれやれ、何で儂がこんな事を」


 そう言いながらも、己に課した永い役目から解放されたキヨの表情は骨ながらも明るいものだった。


「灰王はどこに居るのかのぉ。奴の城にでも行ってみるか」


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