第41話 創世王の使徒

 神殿の中は奇麗に整えられていた。

 魔法による灯りが柱に添えられており、洞窟だった外よりもずっと明るい。


 白い壁が眩しいくらいだ。


「アズ、もう大丈夫だから下ろして」


 アズはまだ少し心配だったが、カズサ本人が言うので背中から降ろす。

 骨折した側の足をまだ少し引きずってはいたが、アズが肩を貸す。


 スケルトンは既に奥に行ってしまったようだ。

 一番奥の部屋が開かれている。


 神殿には何の気配もない。

 恐らく先ほどのスケルトンとアズ達以外には誰もいないのだろう。


 スケルトンから遅れて奥の部屋に入る。

 そこには祭壇があり、その祭壇の奥にスケルトンが待っていた。


 アズが真っ先に気になったのは、祭壇の上に伏せている少女だった。

 アズより少しだけ年上に見える少女が戦装束を着ている。


 だが、胸の辺りが一向に動かない。

 少女が呼吸をしていない事にアズが気付くのにそう時間がかからなかった。


「気になるか?」

「えっと、はい」

「まずはお前の話からだ。灰王の今を儂に聞かせよ。もし騙りならば首を落とす」


 そう言ってスケルトンは据え付けられた椅子に腰を下ろした。

 アズとカズサは対面に座る。


 少女の事が気になって仕方ないのだが、今生殺与奪の権利はスケルトンが握っている。従うしかない。

 アズは水筒に残った水を半分口に含んで喉を潤す。


「おお、人間は水が必要だったな。あまりに昔すぎて忘れておったわ」


 そう言ってスケルトンが人差し指の骨を曲げると水筒の袋が水で一杯になる。

 アズはもう少しだけ飲んでカズサに水筒を渡した。


 カズサが水を飲んでいる間に深呼吸し、話す内容を整える。

 スケルトンの興味を誘わなくてはならない。


 アズはゆっくりとカタコンベでの出来事を話す。

 エルザの事を話すか迷ったが、エルザの事を抜きにして話すことはアズには難しすぎた。


「創世王教の司祭エルザ……?」


 スケルトンは少しだけエルザの名前に反応したが、どちらかというと創世王教の司祭という言葉に反応している様子だった。


 太陽神の使徒の復活と灰王の襲来を話すと、スケルトンから凄まじい怒気と殺気が放たれる。

 アズは震える声でなんとか続きを話す。

 カズサが強く手を握ってくれたので、なんとか話すことが出来た。


 太陽神の使徒と灰王との凄まじい戦いを話し、最後にアズの剣を貸すことで灰王が勝利したことを伝える。


 スケルトンは手を足に叩きつけ大笑いした。

 頭蓋骨の顎が大きく動き、カタカタと音がした。


「おお、おお。灰王はやり遂げたのか。どれだけの月日を待ったのか。話に聞いた容姿ならば自らを化生に変えて待ち続けたのか。儂のように意思を折らず!」



 スケルトンは先ほどの雰囲気からうって変わって機嫌が良かった。

 灰王が太陽神の使徒を倒したことが嬉しいのだろう。


「あの剣を使ったか。あれは確かに効くだろう。単純故に強い。未熟なお前では真価は発揮できぬのだが」


 スケルトンはアズの剣、封剣グルンガウスを見て言う。

 アズは内心ちょっとだけムッとしたが、それは内心の留めておく。

 言っても仕方がないし、事実だ。灰王に比べてアズは弱すぎた。

 それよりは気になっていたことを優先する。


「あの、貴方は一体誰なんですか?」

「ふむ。言ってなかったな。さてどこから言ったものか」


 スケルトンは笑いを収めると顎の骨を右手の骨でさする。

 骨と骨がこすれる音が妙にコミカルだ。


「儂は……もはや名前は忘却したが、そもそもこの大陸の者ではなかった。遥か昔、故郷の主人を諍いの末に斬ってな。逃れるようにしてこの大陸に来たのだ」

「他に大陸があるんですか」

「何だ小娘、知らんのか。勉強せよ。そして黙って聞け」

「は、はい」


 アズは黙った。


「儂は若く、自信に溢れておった。諍いも儂が強すぎたがゆえに起きた事であったしな。新天地であっても不安はなかった」


 スケルトンは天を仰ぐ。


「実際儂はすぐに有名になった。魔物を狩り、盗賊を狩り、儂を疎ましく思い排除してくる者を狩った。そして灰王と出会った。勿論生きている時の灰王にな」


 スケルトンは自らの刀を抜く。

 その方には刃毀れ一つなく、相変わらず凄まじい妖気が溢れていた。


「奴は強かった。初めて儂は敗北を知ったのだ。そしてこの者についていきたいと思うようになった。灰王が創世王教であった事は分かるな?」


 同意を求められたのでアズは頷いた。


「当時のこの大陸は創世王教と太陽神教の争いが最も激しい時代であり、太陽神教の邪悪を見抜いた灰王は最前線で国を率いて戦っていた」


 スケルトンは立ち上がると、伏せている少女の近くに移動する。


「灰王は創世王教の守護者であることに誇りを持っていたよ。儂はあくまで灰王に付き合っていただけで信仰の気持ちは無いがな。奴は心酔していたと言っても良い。その理由の一つがこの少女だ」


 呼吸もなく、ただ横たわっている少女。

 傷も見当たらなく、精巧な人形のような美しさがある。


「この少女が誰か分かるか?」

「いえ……」

「創世王教の側に立つなら覚えておけ。この少女は創世王の使徒だ。第四の使徒であり、最後までこの世界にとどまり共に戦い、灰王が滅ぼした太陽神の使徒と相打ちになった」


 神の使徒。神から権能を分け与えられた存在であり、人間と神の間に存在する超越者。

 アズは創世王教の信徒ではないのだが、それは言わずにおく。


「創世王は儂がこの大陸に来た時既に長い眠りについており、この少女だけがその象徴だった。それを失った事で結果的に創世王教は太陽神教に対抗しきれず、この大陸から姿を消した。その最中に太陽神のもう一体の使徒との戦いで灰王と儂は致命傷を負ったのだ」


 スケルトンは上を指さす。


「それが此処だ。風の元素と魔力が集まり迷宮化したようだが……灰王はこの少女の遺体を儂に託して死んだ。儂もなんとかこの神殿に少女を運んだ所で力尽きたのだ。

 それから永い時を過ごし、儂は目を覚ました。この姿でな。強い魔力と風の元素に曝され続けた事でアンデッド化したのだろう」


「そう……なんですね」


「儂は外に出るか悩んだ。灰王も灰王と共に戦った創世王の使徒もなき今、戦う意味が無い。だが灰王はそうではなかった。なんという強靭な意思か。だからこそ奴は強い。太陽王の使徒がアンデッドとして蘇ることを察知し、死して化生と成り果てでも待ち続けて滅ぼした」


 そこまで喋り、スケルトンは黙った。

 恐らく過去を思い起こしているのだろう。


 アズはそれを邪魔しないように静かに待った。

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