第40話 生きる少女たちのパヴァーヌ⑤

 アズの身体はスケルトンを認識した瞬間、アズの意識を待たずに動いた。

 座ったまま右手で鞘から剣を抜き、そのまま斜め上へ斬る。


 繰り返し続けた訓練と全く同じ動き。

 アズは自らが戦士であることをここで証明した。


 最速の初動であった。にも拘らずスケルトンには届かなかった。

 スケルトンの二本の指が剣を挟み込み、固定している。


 それも、抑えているのはアズ側からだ。

 アズが剣を抜き、そのまま斬る動作をした後にスケルトンの指が剣に追いついて挟んだのだ。


 圧倒的な速さだった。

 その上アズが両手で剣を握っても微動だにしない。

 押しても引いても動かない。


 座ったままこちらを見ていたスケルトンは、剣を摘まんだまま立ち上がる。


 アズの体が浮いた。


 スケルトンが僅かに摘まんだ指を揺らすと、アズがその振動で弾き飛ばされ壁に叩きつけられる。


 その衝撃でカズサも目を覚ました。


「アズ!?」

「うぅ……」


 アズは衝撃で動けない。


 スケルトンは封剣グルンガウスの柄を握ると、そのまま剣身を眺める。

 隅々まで眺めると、極めてゆっくりと壁へ振る。


 スケルトンの魔力が封剣グルンガウスに込められ、その剣圧と魔力だけで壁が振った軌道にえぐれる。


 アズとはかけ離れた圧倒的な力だった。

 この力がアズに向けられればなすすべなく真っ二つだろう。


 アズの顔から血の気が引く。


 戦いにもならない差がそこにはあった。


 カズサがアズとスケルトンの間に割って入り、アズをかばう。


 スケルトンはしばらく剣を眺めたまま動かない。


 スケルトンの格好は奇妙なものだった。

 見たことがない服を着ており、腰には剣とは少し形状の違う武器を掲げている。


 アズには知り様がないが、スケルトンの格好は侍と呼ばれる遠い異国のいで立ちだった。

 草鞋を履き、なぜか残った白い頭髪は緩く結わえられている。


 スケルトンはアズに剣を返し、今度は自身の刀を抜く。

 それは禍々しい気配を漂わせた刀だった。


 どれだけの血と命を吸えばそうなるのか。

 妖刀と呼ぶにふさわしい。カズサは刀を見た瞬間に意識が飛ばされてしまった。


 アズもスケルトンの刀から凄まじい恐怖を感じる。そしてスケルトンが構えた瞬間、アズは自分の首が飛ぶ幻覚を見た。


 それは多分、スケルトンが実際に動けば同じ事が起きるのだろう。

 圧倒的な力の差。技量の差。存在の格の違い。


 この層に魔物が居ないのも納得だ。こんな存在が彷徨っていれば逃げ出すだろう。


 あらゆる考えがアズの頭を巡るが、それでもアズは剣を構えた。


 生き残りたければ、勝ち取るしかないことをアズは知っている。

 状況に流されれば失い続けるのだ。


 例え結果が同じであっても、抗ってから死ぬことを決めていた。


 灰王の構えでスケルトンに向かい合う。

 するとスケルトンの頭が僅かに動いた。


 どうやら構えを見ている様だ。

 スケルトンからは動かない。


 アズは構えているだけで激しい消耗を強いられる。


 しばし向かい合ったままでいると、スケルトンが構えを解いた。


「よもや、灰王の構えを見るとは思わなんだ」


 声が聞こえる。恐らくスケルトンが喋ったのだろう。

 頭蓋骨の顎が少し動いているものの、声帯がないので何かしらの手段で喋っているのだろう。


「……?」

「灰王の弟子? いや既に生きてはおるまい」


 アズが瞬きした瞬間、スケルトンは間合いを詰めてきた。

 動いた瞬間すらアズには見えない。


「お前のような未熟な娘がなぜ灰王の剣を知る?」

「それは……見たから。ずっとそれを真似てるからだよ」

「ほぉ。見た。見たときたか」


 スケルトンから戦いの気配が消えた。

 アズは冷汗が流れるのを感じながら剣を下ろし、鞘に納めた。


 スケルトンがその気ならそもそもすぐアズの首が飛ぶ。

 騙し討ちをする意味はないだろう。


「興味がある。生かしておくから話せ」

「分かった……話せば私とこの子を見逃してくれるんだよね」

「儂は約束を違えん。ついてこい」


 そう言ってスケルトンは歩いて行ってしまう。

 カズサはまだ気を失っている。

 アズはカズサを背負ってスケルトンについていく。


 スケルトンが向かう先は調べていなかった最後の通路だ。

 魔力の密度が更に増していく。


 カズサが目を覚ましたが、足の問題もある。

 遅れればスケルトンの考えが変わるかもしれないので背負ったまま行く。


 今のアズの膂力なら問題ない。

 体格的にカズサとアズは同じくらいなので持つのが大変なくらいだ。


 更に歩いていくと、門があった。

 スケルトンはその門を開き、中に入る。


 アズはスケルトンについていき、中に入ると暗転するような気持ち悪さを感じた。

 カズサも同様の症状があったようで、呻いている。


「大丈夫?」

「うん、私のことは気にしなくて良いよ。不味いと思ったら私を置いていってでも逃げな」

「それは……出来ないよ」


 アズが顔を上げると、それまでの景色とは一変していた。

 白亜の空間に一つの建物が建てられている。


 それはアズから見て神殿のように見えた。

 スケルトンが神殿の中に入っていくのは些か不格好に見えたが。


 吹き荒んでいた風は止み、濃いほどに漂っていた魔力は消えている。


 この空間からはただただ神聖な空気を感じられた。


 アズは唾を一度飲み込んで神殿の中に入る。

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