第39話 生きる少女たちのパヴァーヌ④
浮遊時間が長い。
幸いなのは以前落下した時とは違い、地上方向からの強い風があることだ。
体が浮くほどではないのだが、普通に落下するよりは勢いが殺されてかなりマシだ。
地面が見える。
「アズ、地面が近づいたら壁を蹴って横に転がって体を丸めて! 少しでもダメージを抑えるの」
カズサが風の切れ目に叫んだ。
アズはその言葉に従って、地面が近づいてから壁を蹴る。
凄まじい衝撃がアズの身体を襲う。
その衝撃を逃がすために横へ横へと転がる。
落下の力がそのまま回転の力になり、地面の岩などがアズの体を傷つける。
何度も転がって勢いがなくなるが、アズは地面に倒れ込んだまま動かない。
しばらくの静寂の後、ようやくアズの身体が動いた。
全身傷だらけではあるが、魔物を倒し続けていた影響で肉体強度もかなり上がっているのだろう。
体に異常をきたすほどのダメージは無かった。
強い衝撃に痺れる体を何とか起こし、現状を把握する。
周囲は淡い緑の光で照らされており暗くはない。
強い風が吹き続けてアズの白い髪をたなびかせる。
このまま此処にいては体が冷えてしまうそうだ。
カズサを探すと、少し離れた場所で倒れ込んでいた。
血が流れている。
体の痛みを我慢して急いでカズサに駆け寄る。
仰向けにし状態を確認すると頭から血を流しており、右足も脛辺りが青い。骨折の症状だ。
「うっ……アズ?」
カズサが痛みにうめく。
頭を打ってはいるが、意識はある。命には別状がなさそうだ。
「待ってて、急いでポーションを」
アズが腰のポーチからポーションを取り出そうとする。
しかし中で割れており、大半が漏れ出していた。
「そんな」
残った部分を少しでもカズサにのませ、割れた瓶をさかさまにして傷のある場所に振りかける。
ポーションの効果でカズサの頭の傷が癒え、右足の青あざも薄くなる。
だが治療に使えたポーション自体が少なく、全快には程遠い。
「ありがと……だいぶ楽になった」
そう言ってカズサは身を起こす。
大きなリュックは途中で投げ捨ててあり、遠くに落ちている。
重量がある上に硬い物が詰め込まれているため、地面を凹ませている。
「ポーションありがとう。ごめんね。後で弁償するから」
「いいよ。どうせ割れてたから、あのままじゃ全部なくなってたし」
「足はまだ痛いけど頭の傷はほぼ治ってる。良いポーションだ」
「ごしゅじ……贔屓の道具屋で安く譲ってもらったんだ」
カズサとアズは周囲を見渡す。
少し広いが、何もない広間だ。
魔物の気配もしない。
「ここは風の迷宮、だよね」
「うん。多分拡張が起こったんだと思う。中が広くなったのは間違いないんだけど、もし下に伸びてたらまずいよ」
風の迷宮は地下十階層が行き止まりだ。
属性のたまり場として発生した迷宮である為、風の迷宮に主は居ない。
一番強い魔物が最奥地に主の代わりとして居座るタイプの迷宮だ。
地下に行くほど属性の密度が上がるため、その影響を受ける魔物が強くなる。
もし下に拡張されれば、その魔物はどれほどの強さとなるのか。
「とりあえず移動しよう。ここにいるのは良くない」
「うん。カズサは歩ける?」
「なんとか。少し痛むから走るのは無理かな」
アズはカズサの右足の脛辺りを包帯で縛る。
怪我が無くなった訳ではないので、歩き続ければ悪化するだろう。
薬湯を染み込ませたこの包帯ならかなりマシになる。
アズも自分の怪我のある場所に巻こうとするが上手くいかない。
「貸して、私がやってあげる」
「お願い」
「アズも酷い怪我してるじゃないか。自分にポーションを使えばよかったのに」
「見た目ほどひどくないから大丈夫だよ」
「……今は難しいかもしれないけど無茶しないでね。よしできた」
アズの怪我の応急処置も終わる。
周囲を改めて見まわすと、広間にはいくつかの通路への入口がある。
「肩を貸すね」
「ごめん。ありがとう」
「うん」
二人でまず大きなリュックの場所へ移動する。
リュックは完全に壊れていて中身が零れている。
「これはもう駄目だ。おいていくしかない」
「そう……だね。せめてこれだけ持っていこう」
そう言ってアズはエレメンタルの結晶二つと、ワニから得たアイテムをリュックに入れる。
「うん。結晶二つとその魔石だけでもあれば赤字は出ないと思う」
魔物の気配は相変わらずない。
もしかしたらここは新しい階層で、まだ魔物が居ないのかもしれない。
アズはカズサに肩を貸しながら移動する。
遅々とした歩みで移動速度は遅い。
時間をかけて幾つかの通路を移動し、部屋も2度ほど通り過ぎた。
ここは何もない。宝箱もなければ魔物も居ない。
「此処は何なんだろう」
「分からないよ。ただ魔物が居ないのは助かる」
「だね。今は正直戦いは避けたい」
結局最初の広間に行きついてしまった。
そこから別の通路へ足を踏み入れたが、同じような感じだ。
カズサの額に汗が流れたのを見て、アズは小さい部屋へ辿り着いたら休憩する事にした。
カズサは平気だと言ったが、強がりなのはアズから見ても明らかだ。
風が当たらない場所に陣取り、身を寄せ合う。
残っていた水と携帯食料を二人で分け合う。
さして多くは無かったが、疲れで自覚していなかった二人の飢えと渇きは満たされた。
カズサが舟をこぎ始め、アズも鈍くなった痛みも忘れて意識が薄れていく。
魔物が居ない安心感もあったのだろう。
二人はそのまま眠りに就いた。
暫くのちに目を覚ましたアズが朧げな意識で見たのは、こちらを見つめるスケルトンだった。
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