第38話 生きる少女たちのパヴァーヌ③

 エルザがメイスを振り回す。

 その度に重い風切り音が発生した。


 ワニの魔物はエルザのメイスを巧みにかわす。

 武器の重量さの影響か、稀にワニの魔物がエルザのメイスを剣で受けると僅かに後退する。

 それを嫌がってか、ワニの魔物はエルザのメイスを受けようとしない。


 メイスを振りぬくと生まれる隙をワニの魔物は見逃さない。

 ワニの魔物の剣がエルザに向けられるその度にメイスの柄で上手く弾く。


 ワニの魔物はエルザの防御の硬さに少しばかり攻めあぐねていた。

 いや、どちらかといえば楽しんでいる様子もある。


 互いに大きく距離をとった時、アズが前線に復帰した。


「代わります!」

「あらー、やっぱり若いと回復が早いね」


 そう言ってエルザは後ろに下がった。

 アズが灰王の構えでワニの魔物に相対する。


 この剣技は剣を持った相手にこそ通用するはずだ。

 灰王の剣を思い出す。どう動いていたか。どう振っていたか。


 動いたのはワニの魔物が先だった。

 初動の見えない袈裟切りをアズは反応して弾く。


 アズの目と体がワニの魔物に慣れはじめていた。

 弾いたままの体勢でワニの魔物の胸を突く。


 回避されたが、ワニの魔物の表皮に剣がかする。

 ワニの魔物の皮膚はデコボコしており、鱗のような強度がある。

 その皮膚に剣が弾かれた。


 だが、さっきの戦いからすれば大金星といってよい。


 ワニの魔物がエルザから完全に意識を外し、アズだけに集中したのがアズにも分かった。


 ワニの魔物の動きは軽快に揺れ動き、先が読めない。

 だが速さそのものはアズが上だ。


 ワニの魔物の巧みな技術で、剣の振りの初動が見えない。

 しかしそれは慣れてしまえば戦える。


 剣を交える度にアズの技量はワニの魔物の技量へ追いつこうとしていた。


 剣を振る度に相手が何をしようとしているのか、そしてそれに対して自分はどうするのかが頭に浮かび、そして即座にそれに従い体が動く。


 楽しい。アズは初めて今剣というものに楽しさを感じた。


 ワニの魔物もまた、剣を相手にすることに未熟な戦士だったアズが実戦を通して一気に成長することに喜びを感じている。


 ワニの魔物は風の魔法を一切使わなくなり、ただ剣のみでアズと向かい合う。


 援護の機会をうかがっていたアレクシアでさえ、魔法の構えを解いた。


「楽しそうにしちゃってまぁ」

「凄いですねアズちゃん。たったこれだけの期間で灰王の剣技が身についてる」

「模擬戦の時は何かの剣を真似ようとしてたけど、全くの無駄だらけだったのに」


 カズサは壁を背にしながらゆっくりと二人に近づく。


「いいの? アズを放っておいて」

「他にも魔物が居たらともかく、あれはあのままがいいわ。良い成長になる」

「そんなの危ないって」

「心配ないわ。あいつの動きはもう見切ったからいざとなれば私が助けるわよ」


 アレクシアが戦斧の柄を地面に置く。

 既に魔法を込められているのか、戦斧からは周囲を熱するほどの熱量が溢れていた。


「あんた……熱くないの?」

「アレクシアと呼びなさい。魔導士が自分の魔法に焼かれてどうするのよ」


 そんな話をしている間に、剣が弾かれる音がする。

 ひゅんひゅんと風を切る音がしたのち、地面に剣が刺さった。


 弾かれたのはワニの魔物の剣だ。

 アズはそのまま無手になったワニの魔物を袈裟切りにする。


 ワニの魔物は口を開きアズの頭を噛み砕こうとするが、アズが斬る方が速かった。

 鋭い一撃は速さを伴い、ワニの魔物の硬い表皮を抜けて裂傷を負わせた。


 ワニの魔物の絶叫が部屋に響く。


「ごめん、未熟だから奇麗に倒せなくて」


 そう言ってアズは剣を握りなおして、下段から一気に振り上げてワニの魔物の首を飛ばした。

 ワニの魔物の首が舞う。

 一瞬だけアズと目が合うと、その目は人間の物とは違うがどこか満足したような気配が感じられた。


 ワニの魔物の身体が消え去り、大きな魔石と小さいが風のエレメンタルの結晶が残された。

 それに加えてワニの魔物の表皮が消えずに残っている。

 カズサはそれを背中のリュックへ詰める。


 アズは汗を拭いながら、大きく肩で息をしていた。


「お疲れ、凄いねアズ。あの魔物はかなり強いのに」

「なんとか、なったぁ」


 そう言ってアズは両手を握って天に向かって掲げた。

 そのまま後ろへ倒れ込む。


「冷たくて気持ちいい~」

「何やってんのさ。ほら水」


 カズサは水筒を取り出して、飲み口をアズの口へ持っていき飲ませてやる。


「美味しいよー」

「それは良かったね」


 少しの間アズの回復を待つ。

 ようやくアズの息が整うと、カズサが口を開いた。


「今日は帰ろう。あの魔物は本当はもっと奥にいる魔物なんだ。それに数もそんなに多くない。五階層で会うことはまずないよ」

「あんなのが沢山うろついてたら命がいくつあっても足りないわよ。魔法をほぼ使わないであれだったんだし」

「どうしてでしょうねー。帰り道にも魔物を狩れば戦果も十分でしょうし、一度戻りますか」

「少し奥に進みたい気もしますけど……それをして一度死にかけたので帰りましょう」


 アズは過去の百足虫の事を思い出す。

 九死に一生とはまさにあれの事だった。

 冒険者は安全第一。命あっての物種だ。


 そして踵を返して階段へ足を置いた瞬間、迷宮が揺れた。

 大きな揺れで全員が立っていられず地面に座り込む。


 驚くべきことに、階段が揺れと共に消えていく。


「噓でしょ、これ迷宮が拡張してる!」


 カズサの叫びは揺れの振動の音でかき消された。


 そしてさらに大きな揺れが起きると、アズ達の居た地面が割れる。

 咄嗟にアズはカズサの手を掴む。しかし他の二人とは手が届かずにそのまま落下した。


「ああ、もう、また落ちてる!」


 アズの記憶から、最悪な場面が思い出された。


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