第26話 領主のバカ息子

 寒気の影響で依頼が少ない。

 目ぼしい依頼が少し先だったこともあり、少しばかり休息をとっている。


「せい、やぁ、とぉ!」


 随分と寒くなった朝に裏庭でアズの掛け声が響く。

 剣の舞踊が最初に比べれば随分と見違えたものだ。


 もっとも剣の振り下ろす先は薪割りなのだが。


 アズが今日の素振りを始めるところだったので、ついでに薪割りをさせている。

 家で使う分ではなく、商品として売る薪の束を作るためだ。


 アズの訓練も出来て、売り物も用意できる。一石二鳥だ。

 アズは最初こそ戸惑っていたものの、良い訓練になるのか集中し始めると流れるように薪の山を作っていく。


 薪は煮炊きも含めて一年中需要があるが、今の寒気には人気の商品だ。

 燃える石が高く感じる層に良く売れる。


 アズは寒い中に白い蒸気が見えるほどの運動をずっと行っている。

 最初に買って引き取った時から考えると随分見違えた。


 今も少女らしい体つきではあるが、最初の貧相な肉体からは考えられないほどに引き締まった筋肉が今は見える。

 剣を振る様はまるで一流の剣士のようだ。これは流石に贔屓が過ぎるか。


 しばらくアズの様子を眺める。

 薪の山が出来る度にそれを結んで束にし、倉庫に運び込む。


 割る薪が無くなり、アズも流石に体力が尽きたのか大きく息をしながら座り込んだ。

 俺は飲み物を渡してやる。


「ありがとうございます」


 アズはそれを受け取り、喉を鳴らして飲んだ。


「俺の手を少し握ってみろ」


 俺はアズの方へ右手を伸ばす。

 アズは俺に言われた通り、右手同士で握りあう。

 高い体温を感じる。


 ぐっと俺が力を入れるが、ビクともしない。

 まるで岩を握るかのような硬さを感じた瞬間、強い圧力が右手にかかるのを感じた。


「十分だ」

「はい。ごめんなさい、大丈夫ですか」

「問題ない」


 少し痛いほどに握られたのを確認して手を放した。

 冒険者としての活動で魔物を倒し、鍛錬を重ねることで俺よりも既にずっと強い力が身に着いたようだ。


 冒険者は魔物を倒して強くなる。という話は正直半信半疑だったのだが……。

 いくらアズが鍛えてもここまでの力が付くとは考えられない。


 この調子で強くなってもらいたいものだ。

 もっと強くなったら俺も連れて行ってもらうか。

 いやダメだな。危険すぎる。やはりこいつらにだけ行かせるべきだ。


 俺達のやり取りを畑の世話で水を撒いていたエルザがクスリと笑う。

 何がおかしいのか。

 修道院で畑の世話をしていただけあって、エルザに任せてから畑の野菜の収穫が良くなった。

 昼食の為に実った葉野菜を幾つか回収して調理場へ向かう。

 道具屋は従業員に任せていれば大丈夫だ。


 火の魔石による加熱コンロに向かうと、アレクシアが魔石に魔力を込めていた。


 ご苦労、と声をかけるとぞんざいな返事が返ってきたのでけつを揉んでやると血気盛んに抗議してきた。


「信じられないったら!」


 俺は五月蠅いアレクシアを黙らせ、次の魔石の補充に向かわせる。

 他二人とは違って全く元気な奴だ。

 火の魔石は上限までキッチリと魔力が補充されている。


 仕事は手を抜けないんだよな。その辺はやはりプライドがあるのだろうか。

 元貴族様も今は扱き使われる奴隷だ。

 俺は保冷庫から鶏肉の塊を取り出して、葉野菜と米と共に下ごしらえする。


 丸鍋で手頃な大きさにして切った鶏肉と野菜と米を一緒に煮る。

 味付けは塩とハーブと乾燥させた根野菜だ。


 寒気の時期に出回る乾燥させた根野菜は種類も豊富で、味わい深い。

 この辺りでは良く作られる丸鍋で作る鶏肉と米の料理は、家庭ごとに入れる根野菜が違うので家庭の味と言える。


 ざっと8人前位の量が完成する。

 かなりの量だが、奴隷三人と俺が食べるとまず余らない。

 アレクシアが三人前、アズとエルザが二人前。そして俺の分、だ。


 食費が馬鹿にならないぜ。

 俺の趣味と実益も兼ねているから構わないが。

 最近は冒険者業の収支もかなり上向いて来たので経費として考えれば十分だ。


 エルザには聖水と癒しの奇跡による副業、アズには雑用、アレクシアには魔石の魔力補充や生活魔法をやらせているから、意外と金になっている。


 そうして日々を過ごして迎えた次の依頼は隊商の護衛任務だ。

 この任務は実績がなければ受けられないので、ようやくここまで来たという感じか。


 護衛依頼は拘束時間が長く、何が起きるか予測が難しい分報酬は高い。

 倒した魔物なんかは半分の取り分が貰えるし、積み荷がすべて無事ならボーナスで追加の報酬ももらえる。


 注意事項等はあらかじめ説明し、三人を送り込んだ。

 今つけさせている奴隷の証であるブレスレットは、一見すると装飾にしか見えない。


 奴隷を見せびらかしたい奴はわざわざ分かるように首輪をつけたりする様だ。

 だが俺はあいつ等が俺の言うことを聞いて稼いで来ればそれでいい。


 後は吉報を待つだけ……だったのだが、奴隷達が旅立った次の日領主の息子がとんでもない御触れを出して俺の頭を悩ませることになった。


 なんでも町の中心に大きな太陽神像を立てるので住民から金を接収するとの事だ。

 逆らえば領主に対する反逆扱いで資産没収だという。

 ふざっけるな。

 店を持つ商人はより多く。金貨にして数十枚は出せという。


 御利益があるから太陽神教信徒かどうかは関係なく、恩恵がある。

 素晴らしい事だと触れ回っているらしい。


 バカ息子なのは間違いないと踏んでいたが、まさかここまでやるとは。

 止めるやつは居なかったのか?

 いや、まさか周辺を太陽神教の関係者が固めている可能性もあるな。


 金は払うしかない。代理とはいえ領主の判が押されている以上は効力がある。

 これは商人たちの連名で抗議するべきか。


 知り合いの商人へ急いで文を出した。


 ……そして今、俺は牢屋に居る。

 どうしてこうなった。

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