第25話 銀で一儲け

 新しい商品開発の為、燻製を作っていたところ奴隷達が帰ってきた。

 荷物も満杯だし、依頼は問題なく達成している様子なのだが、どうにも浮かない顔だ。


 労いもかねて、酒と燻製の試作品をとりあえず提供して話を聞くことにした。


「ありっえませんわ!」


 アレクシアは蒸留酒の入っていたグラスを飲み干し、コップを置く。

 俺は追加を注いでやる。

 彼女は燻製されたチーズを口に放り込み、追加した蒸留酒を更に呷る。


「迷宮の独占なんて、組合も領主も何を考えてますの。いくら太陽神教が大陸最大の宗教と言っても王国の国教ではないのよ。ましてあの迷宮は特性を考えると銀鉱山みたいなもの。国益に反してますわ」


 またグラスを空にする。

 元貴族だけあって酒は飲みなれている様だ。


「帝国でもあり得ないのか?」


 アレクシアは首を振る。


「迷宮の貸し切り自体はともかく、資源が得られる迷宮では無いですわ。無いったらない」

「太陽神教はそもそも、太陽連合国という総本山がありますからねー」


 エルザが干し葡萄を摘まみにワインを飲みながら言う。


「そう、そうですわ。開発も炭鉱夫もいらない鉱山を他国に独占させるなんておかしいの」


 ……確かに、妙な話だ。

 聞けば大トカゲの死体も買い取って行ったという。

 金貨三枚か。太陽神教なら人手ではあるだろうし、運び出して有効利用すればそれなりの価値があるのだろうが。


 アズは話に付いていけない様子で、酒の代わりにぶどうジュースをちびちび飲んでいた。

 燻製玉子が気に入ったのかそれをよく食べている。

 商品としては問題なさそうだ。


「とりあえず無事に帰ってきて何よりだ。俺は用事で出かけるから、適当に切り上げて休んでおけ」

「このボトルは空にしても良くて?」

「好きにしろ」

「あら、ありがと」

「このワインも空にしますねー」


 年長組二人はもう酔っ払いになっている。

 まぁ風呂ぐらいは入れるだろ。


 俺は後の事はアズに任せて部屋を出る。

 アズはアレクシアにおもちゃにされていた。

 俺に救いを求めていた気がするが、多分気のせいだ。


 俺は急いで伝手を使って銀を買い込む。

 あの迷宮はこの辺りの銀の産出の一割ほどを担っていた筈だ。

 銀の値段が上がればあの迷宮は活発に攻略される。それでバランスがとられていた。


 太陽神教が銀が欲しくて占領したのかは分からないが、少なからず影響が出てもおかしくない。


 アズ達が拾ってきた鉱石を処分しつつ、手元の資金の2割くらいを使って銀を確保する。

 何事もなく済んでも、銀の現物なら大損はないだろう。


 ダマスカス鉱石に関しては買わない。

 あの迷宮から得られるダマスカス鉱石は加工できるほどの質ではない。

 大量に集めて精製すれば僅かな量なら得られるだろうが、割りに合うとは思えないな。


 目立たないギリギリの量を買い集め終わる。と言っても手元にあるのは手形だけだが。

 しかし分からないな。

 太陽神教の目的も、それを許可した領主も。


 ここの領主はちゃんとした人物だった筈なのだが……熱心な太陽神教の信徒とも聞いていない。

 ある程度情報を集めておいた方が良いかもしれない。

 大きな流れが生まれてしまえば、それに備えなければならない。


 部屋に戻ると。俺の部屋の中で三人とも寝てしまっていた。

 酒の空瓶が転がっている。


 溜息をついてドアを閉める。寝かせておいてやろう。


 哀れにもアズはエルザとアレクシアの抱枕にされていた。



 それから数日後、銀の相場は緩やかに上がり始めた。

 鉱石の迷宮が太陽神教によって占有されている事が広まったのだろう。


 アズたち三人は適当な依頼に出しておいた。

 あの三人なら中級の依頼は楽にこなせる。近頃魔物の活動が活発になっているらしく、依頼には事欠かない。

 それで小銭を稼ぎながら俺は銀相場をチェックしつづける。


 一ヵ月は経っただろうか。

 銀は2割ほど価値が上がる。

 銀が儲かるという話が出始めている様だ。


 加えて知り合いの鍛冶屋が銀をはじめとした鉱石の価格上昇をぼやき始めた。

 いくら太陽神教でも不平不満を無視できるとは思えない。


 更に一か月後、銀の価格が元値から3割上がった。

 俺はそこですべてを売り払うことにした。


 俄かに信じられない銀の上昇に過熱感が出ている。

 これ以上は危険だった。


 知り合いが銀の売買を勧めてきたのが決め手だ。


 高くなった銀は簡単に買い手がついた。

 金貨にして100枚は儲かったか。


 儲かった祝いに、アズ達が仕留めて手に入れてきた一本角の牛の魔物で盛大にステーキを焼く。

 全員が動けなくなるほど食べて、飲んだ。


 アレクシアは酒に弱いが大分好きなようだ。

 エルザは司祭だからかワインばかり飲む。酔ったところは見たことがない。


 アズは蒸留酒の匂いだけで真っ赤になってしまった。



 それから数日後、鉱石の迷宮は解放されて街の銀相場は一気に崩壊した。

 俺は合掌しつつ、しばらくあの迷宮は無視だなと、メモをする。


 集めていた情報も、それなりに量が増えてきた。

 幾つかの迷宮が同じように太陽神教が占有したらしい。

 連合国の銀相場は変化がなかった。


 迷宮の銀が運び込まれなかったか、消費されたのだろう。

 加えて大陸全体のダマスカス鋼の価格が少し上がっている。


 この街の領主は最近表に出てきていない。

 子供が代理で出てきている様だ。


 気になるのは、その領主の子供が熱心な太陽神教の信徒だということだ。

 噂でしかないが、関税の砦も太陽神教は素通りしているという話もある。


 ……王国の首脳の耳に入ると不味いだろうな。


 ここまで大きな話になると一介の道具屋に出来ることはあまり無いのだが。

 領主に関しては気に留めておこう。


 冒険者組合に寄り、新しい依頼を物色することにした。



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