第27話 若い商人には政治が分からない。

「ご主人様が牢屋……?」


 アズ達が家への帰路に就いたのは護衛に旅立って凡そ二十日後だった。




 依頼主の隊商は複数の護衛パーティーを雇い、危険だが早く到着するルートを選択した。

 アズ達は問題なかったのだが、もう一つのパーティーが明らかに基準に達しておらず、実質アズのパーティーだけで護衛をする羽目になった。


 アズ達が女性のみのパーティーだと分かると、

 もう一つの男だけのパーティーは自分たちが弱いにも関わらず難癖をつけ始め、アレクシアが大激怒してしまった。


 怒ることなど滅多にないアズですら不快を隠さなかったほどで、エルザに至っては怒りが過ぎて笑う有様だった。普段と様子は一緒だったが。


 元より実力差が激しかったため、威嚇だけで相手は引き下がった。

 隊商も呆れてしまい、足を引っ張るばかりで道中で引き返させてしまった。


 幸い危険ルートといえども、強力な魔物には遭遇せずに済み、偶発的な戦闘を難なくこなして目的地へと到着した。


 拓けた場所ならば、アズの速さが十二分に活かせる。

 祝福にて強化されることで、矢のような速さでアズが突っ込むことで相手の気を引き、祝福でまたまた強化されたアレクシアがそこに魔法をぶち込むだけで勝てる。


 隊商の荷も損傷が無かったため、満額とボーナスに加えてもう一つのパーティーの取り分も受け取ることが出来た。

 かなりの額だ。ある程度の日数を拘束されるが、この報酬なら定期的に受けるだけでそれなりの財産になるだろう。


 もっともアズ達がいくら稼ごうと、強欲だが準備の良い主人が全て持っていってしまうのだが。


 帰り道は帰り道で、帰らされた男たちの冒険者が盗賊と合流して待ち構えており、いやらしい視線で嬲ってきた。


 それに一番反応したのはアズであった。

 アズは自分の事を奴隷であると強く認識しており、だからこそその立場に安堵している。

 傷モノになれば主人はどう思うだろうか。

 要らないと思うかもしれない。

 ようやく信頼してくれていると感じ始めた今、それを崩されることはアズの逆鱗に触れた。


 エルザが祝福をかける前にアズの姿が消える。

 盗賊の一人の首が舞ってようやくアズの切り払った剣が見えた。


 アズにとって初めての殺人であったが、激情の中でそのことは些事でしかなかった。


 アズの蒼い目が敵を見据える。

 その目には冷え切った殺意が滲んでいた。


 冒険者達は腰を抜かしながら慌てふためいて逃げる。

 盗賊達は既にアレクシアに焼かれていた。


 アズが追いかけて殺そうとするも、エルザが引き留めることでアズは正気に戻った。

 エルザから見てアズは余りにも純粋すぎる。


 生い立ちから考えれば仕方のない事ではあったが……エルザは精神を安定させる奇跡をアズに唱えると、アズは剣を地面に落としてエルザにしがみついた。


 アレクシアはその様子を眺めていた。

 アレクシアから見ればアズは随分とちぐはぐだ。


 アズの強さはもはや並ではない。勿論アレクシアに比べればまだ弱いのだが、この前までただの村娘だったとはとても思えない。

 過保護な主人による準備があったとはいえ、この成長速度は凄まじいものだ。


 誇っていい。自信を持っていい。


 だというのに、あの調子のいいうだつの上がらない道具屋の男にアズは信奉しきっている。

 境遇が人間を作るというが……、親から捨てられたがゆえに親代わりの主人に依存してしまうのだろうか。


 そこまで思って、アレクシアは自分も境遇は変わらないなと気付いて呆れてしまった。

 帝国にもう帰るべき家はない。

 アズ程に夢に浸れるならば、その方が幸せだろう。


 そう思っていたアレクシアは、それから何とか皆で家にたどり着いた。

 そして店の従業員からその主人が牢屋にぶち込まれたと聞いて、生涯出したことがない溜息を出すことになった。


 冒険者ギルドや店の従業員から詳細を聞いて頭を抱える。

 あの主人はあくまで商人であり、そして若造だ。

 老練な商人は政治をよく理解しているのだが若い商人はその辺りがイマイチピンと来ていない。


 優秀な方だとは思っていたのだが、まさか領主の息子に目を付けられるやり方で抗議をしてしまうとは。


 教育しなきゃいけませんわね、と心の中でメモをする。


 幸い店は従業員だけでもしばらく回るようだ。

 それはそれでどうなのだろうか。


 アズは半狂乱になってしまったので気絶させて黙らせた。

 エルザは落ち着いている。


 ……アズはその人となりは少し歪だが良く分かる。

 しかしアレクシアから見てエルザは……いや恐らく主人やアズから見ても同じ感想だろう。


 この司祭は何を考えているのか分からない。

 大陸から消え去った筈の創世王教の司祭。その精神性には超然としたものさえ感じる。


「どうします?」

「どうもこうも、行くしかないでしょ。私達はあれの奴隷なんだから」

「ふふ。そうですね。お任せしても?」

「分かってるわよ。これは私の領分だわ」

「腐ってもお貴族様ですね」

「うるっさいったら。どうせ国から身代金も払われなかった元貴族よ」


 情報は揃っている。立場は奴隷という身分だが、手持ちの資金はある。

 これは政治的問題だが、幸いにして相手は領主代理に過ぎない子供だ。


 これならばやり様はある。

 帝国の社交界は魑魅魍魎の住処だ。魔物の方がよほど性根がまともだろう。


 それに比べれば、搦手が通用する相手など怖くはない。


「なんでこんなできる娘なのに奴隷になっちゃったんでしょう」

「……気づいた時には味方が居なかったわ」

「それはそれは。祈っておきますね」


 アレクシアはエルザに吼えた。

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