第21話 面倒だが躾が必要なようだ……

 奴隷商人との商談は長引いた。

 商品の特異性もあり、値段の高さもあり、そして有用性の高さ。扱いにくさ。


 それら全てを天秤にかけ、俺は奴隷を買うことにした。

 他二人とは違い、かなりの爆弾となるものの将来性の高さは見過ごせなかった。


 渋る奴隷を連れて俺の部屋に押し込む。

 エルザとアズは事前に部屋に待たせて座らせずに、椅子に座った俺の後ろに立たせた。


 今回は威圧が必要だ。

 奴隷商人が用意した新しい奴隷とは、帝国との小競り合いで人質となったものの交渉で向こうが見捨てた貴族の娘だ。


 今回の騒動の原因になった貴族の一族らしく、何を考えているのか親子で先陣を切ってきたらしい。

 馬鹿じゃないのか……。


 今回買った奴隷は帝国元貴族の娘アレクシア・テンタキル。

 王国との国境沿いに領地を持つテンタキル家の御令嬢であり、魔導士兼騎士とのことだ。

 帝国の過激派にのせられたテンタキル家はそれまで上手くやっていた王国との関係を悪化させ、遂には先鋒として乗り込んだ。


 目論見としては快勝を重ねることでテンタキル家が利益を最大限受け取れるように色々と画策していたらしいが、緒戦で王国に大敗してしまい、当主は討ち死に。アレクシアは捕まって人質に。


 なぜ戦おうと思ったんだ。


 帝国は王国へのアピールも兼ねてテンタキル家をさっさと取り潰すことにして、アレクシアは身代金を払われずに奴隷落ちしてしまったという。


 なんというか、まぁ。商人でも似たような話があるのだが、考えが足りなさすぎる。

 そんな考えが足りない娘を奴隷にすれば、当然ながら反抗的にもなる。


 アズは生きる術がないから俺に縋る。

 エルザはあきらめから妥協する。


 だが、このアレクシアはそんな頭がない。


 実際今、主人である俺を睨みつけている。

 そんな様子にアズはしきりに俺を見る。エルザはすました顔だ。


 俺が口を開く前にアレクシアが俺に文句を言い始めた。


「わ、私は貴族です。奴隷になど……!」

「お前はただしい手順で奴隷として売られて俺に買われたんだよ」

「何かの間違いです。帝国が直ぐに私の身代金を」


 めんどくさい。アズもエルザも聞き訳が良かったんだと実感した。


 俺はアレクシアが更に何か言おうとする前に、左手でアレクシアの右頬をはたいた。

 アレクシアは呆気にとられ、後ろに座り込む。

 先ほどまで自分の言葉でヒートアップしそうにしていたのだが、あっという間に気勢はそがれた。所詮貴族という立場に守られていただけの小娘だ。


 奴隷として主人に手を上げられない以上、俺にとってはこの少女は無力な小娘でしかない。高い金を払い、そして回収する商品だ。


「痛い……何をするの」

「何って、躾だが。まず誰がしゃべって良いと言った」


 俺はアレクシアの長く赤い髪を掴む。

 捕らわれている間は手入れが出来なかった筈だが、それでも絹のような美しさ。


 俺はアレクシアの顔の目の前まで顔を近づける。


 表情は険しく保つ。


 ……貴族の令嬢をこれほど近くで見たことは無いが、確かに庶民とは違うな。

 アズやエルザもかなり美形だと思うが、このアレクシアも引けを取らない。


 特にこの目。赤い髪に見劣りしない金眼。


 この少女はさぞもてただろう。

 だが、今は俺のものだ。


 俺の有無を言わせない表情にアレクシアが怖気づくのが見て取れる。


 ……親は呆気なく死に、自分は捕まって奴隷になり、最後のよりどころであるはずの帝国はさっさと見限ってしまった。


 元よりこいつが強気を保てる理由はない。

 頭が足りないから反抗するが、だからこそ力でどうにもできない事に弱いのだ。


「お前はもう貴族じゃない。ただの俺の商品だ。後ろの二人と同じく。お前は魔導士として使えるから買った」


 髪を掴む手の力を強くする。

 髪を引っ張られる痛みでアレクシアがくぐもった悲鳴を上げる。


「や、やめて」

「お前はどうにも頭が足りないから言っておく。俺の役に立たないなら、お前を買いたいという人間はいくらでもいるんだ。元貴族令嬢。さぞかし沢山客が付くだろうなぁ」

「客? 何を言って……」


 俺はアレクシアの胸を掴む。アレクシアの顔が驚愕に染まる。


「分からないか? 女が客を取るって意味が」


 アレクシアの胸は手に収まる程度だ。俺はそれをこねる。


「気持ち悪い……下種ね」


 俺はため息をついた。別にこのまま楽しんでも良いのだが、聞きたいのはそういう言葉じゃない。この女は自分が不利になった経験がないらしい。


 自分が不利な状態で挑発する意味が分からないとは、ほとほと呆れる。


 俺は胸から手を放し、その手で再びアレクシアの頬を叩く。


 痛みではなく、音が立つように。


 後ろの二人にも躾として見せつける意味があるからだ。

 涙目になったアレクシアは両手で顔を覆ってしまう。

 俺はその手を押しのけ、俺の目を見させる。


「お前がどう思うかどうかはどうでも良い。もうお前は権利が約束された貴族じゃない。お前の権利は俺にしか保証されない。俺の役に立て」


 長い沈黙の見つめ合いの末、アレクシアは頷いた。

 ようやく反抗する意味が無い事が理解できたようだ。


「どうすれば良いの……私に何をさせたいの」


 髪から手を放すと、顔をうつぶせにして俺に尋ねてくる。


「言っただろう。魔導士として買ったと。お前は冒険者になってひたすら金を稼ぐんだよ」

「……私が冒険者?」


 アレクシアは顔を上げる。

 目には反抗の意思がない。純粋に意味が分からないようだ。


「そ、そんな事の為に」

「魔導士は貴重なんだ。元帝国貴族だの色々オマケみたいなもんがついて来たが、貴族なら上等な魔導士なのは確実だからな」


 何不自由ない生活から奴隷として命を張る冒険者に。

 さぞかしショックなのか。しばらく顔を上げることは無かった。


 数奇というか、こいつもある意味犠牲者でしかない。

 親が決めた戦争で負けて、捕まった後は後援者も知らんぷり。

 普通こういうケースでは身代金で身柄が引き渡されるのだが、帝国からの使者は一言もそんな言葉は出なかったと聞いている。


 俺としては非常に高額とはいえ使える手駒が増えて助かったがな。


 動かないのでアズとエルザに部屋に押し込ませた。

 アズはアレクシアへの躾でびびったのか機敏に動く。

 エルザは特に変わらなかった。


 一応部屋は四人まで住める広さはあるから、三人でも手狭と言うほどではないだろう。


 俺は椅子に座って大きく息を吐いた。

 しばらくは手がかかりそうだな。


 アレクシアの装備も新調しなければ。


 ……バトルドレスとかどうだろう。




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