第20話 遠くの動乱はこちらの平和を脅かさない

 次の日からアズは裏庭で剣を振り始めた。

 剣の事は分からないので放っておく。熱心に振っているようだ。


 誰かに師事させても構わないのだが、道場なり個人授業なりで奴隷に剣を教えるのを嫌がられるのは目に見えている。

 吹っ掛けられるか、トラブルが起きるか。


 どちらにせよリスクだ。


 エルザは聖水の在庫作りと、診療所の真似事をさせている。

 意外と金になる。


 この街には診療所が少なく、太陽神教の司祭の治療を受けるにはお布施が必要だ。

 あんまり表立ってやると対立してしまうが近所でやる分には大丈夫だろう。


 この区画には教会がないし。

 それでも文句を言いに来たら辞めればいい。


 合間合間に依頼を組合から回収し二人を送り込む。迷宮探索もやらせる。

 楽な依頼ばかりなら別々に依頼をこなさせても良いし、そうでない依頼なら二人セットでやらせる。


 エルザは聖職者の司祭という事で安定した結果を出すし、アズは日に日に成果が増している。


 毎日の食事も増えているが、これは成長期というやつだろうか。

 稼ぎも増えているので問題ない。肉も野菜も食わせてやる。


 二人の稼ぎは下級を超え、中級冒険者に届く。だがまだまだ少ない方だ。


 しかし、衣食住を整えて経費を安くできる代わりに、依頼から得た報酬は総取りのやり方は結果が出始めている。


 あのブローチを除いても、依頼から経費を引いた額の黒字化は既に達成しつつある。

 討伐系の依頼が特にアズの成果が大きいのだ。


 総額の黒字はエルザの値段が高かったのでまだ遠いのだが。


 俺は帳簿をつけながら考える。

 経営方針としてはこの先色々な道がある。

 一つはアズとエルザのような二人一組の奴隷の数を揃えて数で依頼をこなして金を得る方法。

 だがこれは冒険者組合に確実に止められるだろう。

 他の冒険者を締め出す。それも下級冒険者を。

 後々の成長の芽をつぶすことになる。


 加えて冒険者組合に対して俺の影響力が強くなりすぎて要らぬ恨みも買いそうだ。

 量より質でいくべきだろう。


 奴隷商人に魔導士に関しての文を出したのだが良い返事はもらえなかった。

 手に入りにくく、即売れてしまう。


 エルザは正直娼婦として売るより俺に売った方が付加価値的に高値だから売ってくれただけだからなぁ。


 しばらくはそうして過ごしながら、二人に振る依頼の難易度を上げていく。

 以前のような切り札がないので着実に、危険は最低限にしつつ、だ。


 まぁ中級下位の依頼なら軽戦士と司祭の二人組なら大概の事態は切り抜けられるだろう。

 ヤバかったら逃げろと言い続けている。


 良く言えば平和に。悪く言えば平凡に稼ぎ続けた。

 本業と合わせて少しはいい稼ぎになってきたかなと思っていた最中、思わぬ方向から騒動が舞い込んだ。


 ……俺達が拠点を構えるこの国はデイアンクル王国という国だ。

 この国を一言でいえば全てが普通の国、だ。


 農業も普通。鉱業も普通。産業技術は劣ってはいないが進んでいるわけでもない。

 海は近くもないが遠くもない。軍の強さも普通。野心はそれほどないが、殴られたら殴り返す。


 交易路としては悪くないが、この国でしか手に入らないものはないから恩恵は少ない。ただの通り道だ。香辛料は特に持ち運びしやすく売れやすいので一応名産となっている。関税は安いらしい。


 魔物の強さは平均するとこれも普通だ。

 灰王の住む古城だけが突出している。上級どころか英雄が集まっても攻略不可だ。

 その所為で強くなった冒険者は他の国に移るらしい。


 上級向けの依頼は浮き気味になっているので、その辺を回収できるようになればいい金になる。魔導士が居ないと難しいが。


 そんな国だ。


 そして国境を接している国は二つ。

 大陸の覇者たるアンビッシュル帝国と、太陽神教の総本山である太陽連合国だ。


 もう一つの国とはかなり危険な山脈を挟んでいるため余り交流はない。


 今我がデイアンクル王国は帝国と少しばかり外交で揉めている。

 揉めている理由はまぁ、手っ取り早く言えば鉄をはじめとした鉱石のお互いの利益調整なのだがこれが一向に折り合わない。


 そうしている内に帝国の過激派の声が大きくなり、こちらはこちらで穏健派筆頭の国王が病気がちになってしまい抑えが弱い。


 道具屋として細々とだが情報を仕入れていたし、交易で手に入れる品もそれなりにあるので動向を見守っていたのだが、小競り合いがついに始まってしまったらしい。


 お互いまだ諸侯同士の軍による小競り合いなのだが、激化すればそれぞれの君主が出張って本格的な戦争になる。


 ……こういう時冒険者は傭兵的な役割を担うことになる。

 そうした依頼が既に冒険者組合に出ている。


 一応冒険者は自由な者たちとなっていて強制ではないのだが、功績があれば報酬が出るし箔もつく。何より貴族たちと関わる事になる。


 貴族たちからの個人依頼は、非常に儲かるというのはよく聞く話だ。

 貴族とあまり関わり合いにはなりたくないという思いもあるが。


 俺は傭兵依頼の紙を机に放る。


 元よりアズに人間は殺せないし無理な話だ。

 エルザは必要ならやりそうだ。随分と肝っ玉が太い。


 浮気とか絶対許さなさそう。


 考えることが多すぎて思考が脱線しすぎている。


 傭兵は無理だ。人間の首を斬ってアズのメンタルに変調があっては困る。

 ようやく稼ぎ頭といえるほどになったのに。


 冒険者組合と話し合った末に、それならと厄介な依頼を押し付けられた。

 何が厄介かというと安いが緊急性の高い俺の嫌いな依頼だ。


 やるのは俺じゃないからまぁ良いか。


 アズとエルザを部屋に呼んで、大量の依頼を押し付ける。

 二人とも流石にちょっと嫌な顔をしていた。


 働け。


 二人が厄介な依頼を片付けるのに二ヵ月ほど掛かった。

 その間に小競り合いは終了し、意外な事に王国側が勝った。


 帝国側が反撃するかと思ったが、そこで折れて王国側に譲歩したらしい。


 大陸の覇者といえども、帝国は大きすぎて平和な王国より問題が多いようだな。


 そして奴隷商人から文が届く。


 新しい奴隷が確保できた、と。


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