第19話 資産価値はある。換金できるかは別。

 奴隷が帰るまでの間は商売に精を出していたのだが、二人が帰ってきて早々冒険者組合に俺ごと召集されてしまった。


 なんだなんだ、何をやっちまったんだと話を聞くに、色々あったようだ。

 俺は冒険者ではないから重要性は今ひとつ図りかねる。

 アズも同じだろう。


 エルザは違うようだ。元々資金稼ぎで冒険者の経験があったと発覚した。

 問い詰めたら聞かれなかったからだという。

 家に帰ったら少しばかり躾が必要だな……


 なんにせよ、それなりに冒険者界隈では大事が起き、しかしうちの奴隷は無事に帰還したという事だけは確かだ。


 それに加えて迷宮ルインドヘイム・カタコンベは消失し、城の入口は灰の騎士という魔物達が守るようになったらしい。


 俺にとってはどうでも良い事だ。

 エルザのお試しで良さそうな場所だったというだけで、カタコンベは儲かる場所でもなかった。

 聖水の販売先は別に他にいくらでもある。


 そもそもあそこに行くのは聖職者ばかりで聖水はあまり売れない。

 戦士たちの参加があった今回だけのラッキーだ。


 半日以上拘束されたが、結局灰王の襲来と謎の魔物に関して原因は分からず仕舞いとなり解放された。いきなり灰王なんて大物の話を聞かされても困る。


 迷宮が消失したのだからその謎の魔物とやらが迷宮の主なのだろうが、死体の部位一つ残ってないのではな。


 帰宅してみると店は既に閉まっており、従業員たちは必要な仕事を終えて帰宅していた。

 俺はそのまま家に戻らず、裏庭に移動して井戸を指さして奴隷二人に言った。


「着替えを持ってくるから水を浴びてその諸々を落とせ。臭い」


 アズとエルザはお互いを見合い、溜息をついた。

 うら若き乙女が言われたくないセリフだろうな。


 裏庭は周りから見えないように壁で仕切っている。

 小さな野菜畑と空き地もある場所だ。女が水を浴びて着替えても問題はない。


 俺が適当に服を用意して裏庭に行くと、二人とも水を浴び終わった後だった。

 エルザの修道服は肌に張り付いており、体のラインがくっきり浮かぶ。

 アズの服も薄っすら透けてしまっている。


 水を浴びただけでは汚れは落ちきっていないようだ。

 俺は再び二人を待たせて、風呂を沸かす。

 水の魔石と火の魔石はまだ余裕があるが、魔力の注入をいずれしないとな。


 エルザは出来るだろうか? もし出来るなら良い節約になるのだが。

 面倒だから二人とも風呂に放り込んだ。

 うちの風呂は俺の趣味で広い。二人でも十分入れる。


 別に女を侍らせて風呂に入りたいからでかく作った訳ではない。


 女は長風呂という。

 勿論奴隷が主人を待たせるのは論外だからそれなりには急がせたが、待っている間に仕事も出来るからそこそこの時間で俺の部屋に来させた。


 二人とも俺が持っていった部屋着だ。


 仕事をしながら二人を再び座らせる。

 この光景も数日振りか。


 改めて話を聞こうとすると、アズが先にブローチを差し出してきた。

 冒険者組合では取得品はないとの事だったが……なるほど少しは世渡りが出来るようだな。良いぞ。

 人の言うことをはいはい聞いているだけではダメだ。俺の言うことは聞け。


 謎の魔物から得た装飾品で、アズだけが手に入れられたようだ。

 経緯はいまいち聞いても分からなかったが……。


 俺はブローチを鑑定する。

 剣だの鎧だのは専門外だが、装飾品なら俺にも価値が分かる。


 素晴らしい品だ。

 宝石は火のエレメンタルの結晶だろう。

 持っているだけで火の属性の効果が上昇する、魔導士が喉から手が出るほど欲しがるものだ。

 この大きさなら金貨600枚、いやそれ以上か。

 台座も素晴らしい。

 金に太陽を象った細工は見事な一品で、裏には太陽神教のシンボルが堂々と掘られている。


 ……そう、誰がどう見ても見事に太陽神教のシンボルが。


 ブローチの価値は最低でも金貨1000枚はあるだろう。

 だが、売れない。出所を問われるのがかなり厳しい。


 太陽神教が横やりを入れてきたら間違いなくトラブルになるだろう。

 うちの金庫から盗まれたなどとでまかせでも言われれば負ける。


 太陽神教の影響力はそれぐらいあるし、最近の連中は些か……俺よりも金にうるさい。


 台座を弄って金に戻し、宝石は単体で売ることも考えたが、これはセットでより効果を増すようだ。

 惜しい。


 最悪闇マーケットに流すことも考えよう。

 火の魔導士が居れば装備品として渡せるんだけどなぁ。


 アズは私役に立ちました! という顔で俺を見ている。

 俺はアズを頭を撫でて褒めてやった。


 これは借金のカタには使えるであろうし、アズのモチベーションを落とすわけにもいかない。


 エルザは俺の葛藤が全て見えるのか、余裕を持った笑顔で俺を見ている。


 俺は左手中指をエルザの額に当て、右手の指でそれを引っ張り、離した。


 良い音が部屋に響き、エルザは額を押さえる。

 その顔は何でですかっていう顔だ。

 いい気味だ。


 今回は聖水の儲けと討伐による報奨金で地味ながら儲けになった。

 疲れを取らせる為に何日か休みを取らせておいて、次はどうするか。


「あの」


 アズが俺に発言の許可を求めた。

 俺が右手を振って続きを促す。


「剣の練習がしたいです。どこか……さっきの裏庭で練習しても良いですか?」

「好きにしろ。そうだ。裏庭に行くなら野菜畑に水を撒いておけ」

「分かりました。ありがとうございます!」


 熱心なのは良い事だ。

 強くなればなるほど良い依頼に送り込める。


 エルザはアズに比べても強いので心配はないな。


 二人の小遣い袋に銀貨を補充して渡してやる。


 一々色んな事に許可を求められても面倒だし……。


 依頼に必要なものはこちらで用意することは改めて念入りに伝えてある。


 アズとエルザを下がらせてブローチを眺める。


 魔導士、魔導士ねぇ。


 魔導士は正直言って冒険者に限らず役に立つ。

 凄まじく役に立つ。

 奴隷で真っ先に売れるのは肉体労働に向いた男か、魔導士だと言われている。


 火と水を生み出せるだけで役に立つし、生活魔法という分野が発展してからは更に便利になった。

 護衛としても使えるし、魔導士は学がある。


 土魔法を覚えさせれば土木工事だって楽々だ。


 燃える石の炭鉱では魔導士が一人参加しただけで発掘量が4割増えたという。


 資金の残りはアズとエルザを買って目減りしていたがまだある。

 だがその金は運転資金であると共にこの店を担保にした金でもある。

 店の儲けで一応返しきれる額ではある。


 様子を見て必要なければ返済しておこうかとも悩んだが……良い機会かもしれない。


 俺は奴隷商人に文を出すことにした。


 さて、うちの奴隷を次はどこへ送ろうか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る