第18話 カタコンベ・パンテオン④

 大の男二人分はあろう、ブクブクに太ったゾンビが盾を構えた戦士を殴り飛ばした。

 戦士が受けた盾はひしゃげており、この異常な威力が見てわかる。


 殴り飛ばされた戦士は壁に激突し微動だにしない。

 幸いここには聖職者が大勢いるので、生きていればなんとかなるだろう。


 太ったゾンビがそれ以上近寄ってこないように、アズが前衛に立つ。

 エルザからの祝福は受けている。

 聖水を使った武器の浄化付与付きだ。


 アズの体格では捕まれたりすれば終わりだ。

 アズが一番それを理解している。


 ゾンビの動きを目で見極め、死角へと回り込んでは斬りつける。

 腐った肉体は簡単に斬れる。左手を斬り落とした。


 聖水による強化もあるだろう。アズの攻撃力は十分に通用していた。


 トドメに頭を刎ねようとした瞬間、残った手でゾンビが剣を掴む。

 腐った肉が焼ける音と匂いでアズは生理的嫌悪感を覚えるが、それでも目は離さない。


 力比べになってしまうとアズに勝ち目はない。

 焼かれながら、肉を剣に食い込ませながらゾンビはアズを引き寄せようとする。


 剣を放せば終わりだ。

 しかしこのままでは食われて……。


 エルザのメイスがゾンビの頭を打ち抜いた。

 血飛沫と腐った肉がアズの顔面に降りかかる。

 かろうじて口は閉じたが、その感触に涙が零れるのは止められなかった。


「ありがとうございます」

「ブチ撒いちゃってごめんねー。でも余裕がなかったから仕方ないね」

「分かってます」


 アズは顔をぬぐって血糊を落とす。

 鼻がばかになってきたのが救いだろうか。


 アズとエルザに力が流れ込む。


 幸いというべきだろうか。

 異形のゾンビは殆どが灰の騎士達に向かい、こちらに来るのは群れからあぶれたような奴だけだ。


 もしあいつ等が集団でなだれ込まれれば全滅しただろう。


 灰の騎士達はこちらに襲い掛かってくるわけではないが、助ける訳でもない。

 近くにいた聖職者がゾンビに食われて死んでも無視していた。


 四つ腕と灰王の戦いは最初こそ極めて拮抗していたものの、地力で灰王が勝るのか僅かずつ四つ腕が押されていく。

 暴力の嵐とでもいうべき四つ腕の剣檄は、灰王の両手で握りしめた一本の剣を押し切れない。


 弾き、受け流し、躱し、相殺する。


 僅かな隙を灰王は見逃さず、反撃する。

 四つ腕はその灰王の剣に対し、三本の腕を使わなければならない。


 残った一本で反撃するが、灰王はそれすら受け流してしまう。

 その度に四つ腕は後ろへ追いやられる。


 周囲のゾンビは灰王に襲い掛かろうとするが、灰の騎士達がそれを防ぐ。


 遂に壁まであとわずかとなったところで、四つ腕が大きく咆哮した。

 骨だけの身体では声は生まれない。

 しかし魔力を伴った咆哮は周囲に振動するほどの衝撃を持っていた。


 アズには、それが四つ腕の気が狂わんばかりの怒りに思えた。


 先ほどよりも遥かに勢いよく四つ腕は灰王に切りかかる。

 当初こそ四つ腕は流れるような剣を見せていた。


 しかしなりふりも構わず、もはや剣技などなく。

 それは只ひたすら剣を膂力によって叩きつけるだけの動作だ。


 灰王はそれすら防ぎきるが、強引に後ろへと戻される。


 四つ腕がスケルトンだからこその行動だ。

 肉体があり、筋肉があればあんな暴走した動きは耐えられない。


 アズは、灰王の剣を見る。

 ただ見る。一切動じることのない剣技だ。

 守りに移れば要塞の如き堅牢さ。攻撃に移れば破城槌の如き圧倒的な強さ。


 欲しい。あれが出来ればきっと私はもっと役に立てる。


 四つ腕の空っぽの口が開く。

 そこから青い火が灰王へと降り注いだ。


 灰王はそれを剣で振り払うものの、振りぬいた瞬間に四本の腕全てを使って剣を地面へと叩きつける。


 灰王の剣は折れない。

 しかし灰王の右腕の力だけでは対抗できず、姿勢が大きく崩れた。


 そこへ四つ腕の顔が一気に迫る。

 再び空っぽの口に青い火が溜め込まれていた。


 それを見たアズは、ごく自然と。


 自らの剣を灰王へと投げた。


 灰王は封剣グルンガウスを左手で受け取り、目の前にまで迫った四つ腕の頭蓋骨を横に切り払った。


 青い火は顎と共に地面に落ちて燃え広がる。


 僅かの間、四つ腕と灰王は視線を交わす。


 灰王は二振りの剣を天に掲げ、両目の青い火に向かい振り下ろした。


 火が消えて、四つ腕の身体が砂のように零れ落ちていく。

 全身の骨が消えるまで時間はかからなかった。


 装飾品だけが地面に落ちる。


 異形のゾンビ達は動く力が消えたのか、倒れこみ動かなくなる。


 灰の騎士達は灰王に剣を捧げ、再び白い靄となり消えて行った。


 場に残されたのは冒険者達と灰王だけ。


 灰王が冒険者達へ向き直る。

 正確には、アズへと。


 外に出れると気付いた冒険者たちは我先に外へと脱出する。

 死体とアズとエルザ以外の冒険者はすぐにいなくなってしまった。


 こういう時に腰を抜かして動けなくなるようでは冒険者はやっていけないのだ。


 灰王は右手の剣を収め、四つ腕が残した装飾品を砕く。

 ただ一つだけブローチだけを手に取り、アズへと向かった。


 アズの前まで来た灰王は左手に握る封剣グルンガウスを地面に刺し、アズへと左手を向ける。


「待って。私達は創世王教なの。敵じゃない」


 そう言ってエルザは創世王教のロザリオを灰王へ見えるように掲げた。

 美しい女性のレリーフが灰王の目へととまる。


「おお、我が女神……あなたの敵を一人、遂に滅ぼした」


 その声は響くような声だった。

 漆黒の霧に覆われた貌は見えないが、打ち震えているようにアズには見える。


「怪物に落ちようとも、必ず我が女神の敵を滅ぼそう。太陽の名を語る悪魔へ剣をつきつけよう」


 灰王は自らの懐からロザリオを取り出す。

 それはエルザの持つものと同じ意匠のものだ。


 灰王は創世王教の一人だったのだ。


「良い剣であった」


 アズを灰王は見る。


「少女よ。助太刀感謝する。奴の物は人を操るゆえに破壊したが、これは問題なき故に礼として渡そう」


 灰王からブローチを受け取る。

 それは赤い宝石が嵌め込まれた立派なものだ。

 台座には金が使われている。


 アズが一生かかっても手にすることは無いであろう装飾品。


「我が女神を信奉するのであれば、また会うであろう」


 灰王はそう告げたのち、姿が消えていく。


「あの」


 アズはようやく口を開いた。


「どうやったら貴方みたいに剣が振れますか」


 その問いに灰王は貌だけアズへと振り向く。


「我が剣を忘れぬことだ。我が剣は人の身にて辿り着いたもの。その意思があれば辿り着くであろう」


 今度こそ、灰王は居なくなった。


 カタコンベが揺れる。


 アズは剣を地面から引き抜き、エルザと共にルインドヘイム・カタコンベから脱出した。


 アズ達が脱出したのち、カタコンベへの入口は消失する。

 恐らく事後処理が大変なことになるだろう……。

 主人はこのブローチがあれば納得するから大丈夫だ。


 アズは少しだけ何かを得た気持ちになった。




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