第17話 カタコンベ・パンテオン③

 カタコンベ全体を揺るがす振動は数秒ほど続き、不自然な程に突然止まった。


 頭を抱えて座り込んでいたアズは立ち上がってほこりを落とす。


「今のは何だったんでしょう。それにさっきの話って」


 エルザの方へと振り返ったアズだったが、エルザは壁の装飾を眺めていたままだった。


「びっくりしたね。アズちゃん」


 そう言って笑うエルザには先ほどの不気味さはない。

 だが、あれほど揺れた後だというのにそれを意に介した様子はなかった。


 アズはそんなエルザから更に言葉を聞く勇気はない。


 笛の音が遠くから響く。笛が鳴ったら集まるように事前に話していた。

 青い火は先ほどと変わらずゆらゆらと揺れている。


 アンデット達は微動だにしない。此方を見る事すらしない。


 アズはエルザと共にカタコンベの笛の音がする方へと移動した。


 先ほどの揺れが気になった者たちばかりなのか、すぐにみんな集まってきた。

 欠員はいないようだ。


 陣頭指揮を執っていたリーダーである男の聖職者が二度ほど大きく手を叩いて鳴らす。

 皆の視線が彼に集まった。


「聞いてくれ。先ほど突然の地震があったのは皆分かっているな。ここは地下に作られたカタコンベだ。地震の影響で何が起きるか分からない。幸い先ほど出入り口を確認したところ瓦礫などは落ちてなかった。ここで切り上げようと思う」


 そう言って彼は参加者を見渡す。

 反対意見はない。誰も生き埋めになってアンデット達の仲間入りは嫌だからだ。


 アズもエルザの様子が変わった辺りから、早くここを出たい気持ちで一杯だった。


「ねぇアズちゃん」

「な、なんですか?」

「アズちゃんがリーダーで私が補佐、だよね」

「ご主人様はそうしろって言ってましたけど」

「私も異論はないよ。アズちゃんの方が先輩だからね。でもこの場所でだけは私の指示を聞いてくれるって約束してくれる?」


 エルザの口元の笑みが消えていることにアズは気づいた。

 エルザに両腕を掴まれる。強い力だ。

 ……震えていた。


「分かりました。エルザさんは司祭様、ですもんね」

「うん。約束ね。アズちゃん、今からこのカタコンベは地獄になるわ」

「地獄、ですか?」

「そう。出口は……ほら見て」


 何人かが外に出ようと通路に入ろうとして弾かれる。まるで見えない壁に当たったような。


「もう外には出れない。私達はもう餌として認識されてる」

「えさって、誰にですか?」

「さっき言ったよね。アンデットになった太陽神の使徒が此処にいる。そいつは起きたばかりで空腹で仕方ないはず。アンデットだから余計にね」

「分からないです。だって太陽神……様は神様なんですよね? 此処にいる聖職者の人たちは殆どが太陽神教だって。その使徒様が何でアンデットになって私達を食べるんですか」


 エルザはしきりにある方角を気にしている。

 あの方角は確か……城があった方角だ。


「アンデットは生前の習慣をなぞる習性があるの。ゾンビが噛みついてくるのは食事がしたいから。太陽神の使徒が人間の魂を吸いたいのも、そう。太陽神は決して人間の味方じゃない」


 エルザが何を言っているのかアズには分からない。


「この辺りの話は良いわ。大事なのは、今からこのカタコンベに太陽神の使徒が蘇って、それを察知した――」


 巨大な音でエルザの声がかき消された。

 エルザが何かを言い終わる前に、カタコンベの天井が割れる。


 完成された建築物だったルインドヘイム・カタコンベは一瞬で瓦礫の山と化した。


「……灰王がくる」


 そこへ降りてきたのは、高さ3mはあろうかという偉丈夫だった。

 貌以外の全身を灰色の鎧で身を包み、一振りの剣を持って着地する。

 貌は黒い瘴気で見えない。


 近くの冒険者が悲鳴を上げた。


「灰王だ! 灰王が来たぞ!」


 かつて王として君臨した怪物。灰王と呼ばれし災厄だった。

 灰王は冒険者たちに一瞥もくれず、剣を構えた。

 右手に持った剣を高く掲げ、切っ先を前に向けて左手を剣先を添える。


 アズはその構えをただじっと見ていた。

 エルザがそんなアズを引っ張り、瓦礫の後ろへ避難する。

 そして再び結界を張った。他の冒険者たちも急いでそれに倣う。


「アズちゃん。灰王に近寄っちゃダメだよ。死ぬからね」


 アンデット達が灰王の前に集まり、あろうことかお互いを食い合い始めた。

 スケルトンもゾンビも関係ない。

 不快な咀嚼音がひたすら響く。


 アンデットがひたすらに集まる。やがて山積みになりながらも共食いをしている様子は確かに地獄にふさわしい。


 女の冒険者の一人が堪らず吐いていた。


 アズも胃がむかむかするのを感じる。


 突然共食いが中断され、アンデット達が溶けていく。

 溶けながら一つの形を作り上げていく。


 その姿は灰王と向かい合ってなお更に大きく、四本の腕を持ったスケルトンだった。

 しかしただのスケルトンとはまるで違う。

 至る所に装飾が施され、四本の手にはそれぞれ輝かんばかりの剣が握られていた。


 空っぽの眼窩の中で青い火が灯る。

 壁の穴に灯った火と同じものだとアズは思った。


 灰王と四つ腕は向かい合っており、敵対関係にあるのは明らかだった。


 灰王とエルザ曰くアンデット化した太陽神の使徒が、なぜ向かい合っているのか分からない。


 先に動いたのは灰王だった。

 アズの目では捉えられないほどの速さで灰王は四つ腕に剣を突く。

 四つ腕は器用に四本の剣の背を重ねてその突きを止めた。


 それからは凄まじい斬り合いだった。

 その余波ですら衝撃波を伴うほどの強さがある。


 此処にいる冒険者の誰もが、異次元の戦いを見ているしかない。

 どちらが勝つにしても、明るい未来は見えそうにない。


 普通に考えれば太陽神の使徒だという四つ腕が勝てば問題はないはずなのだが、エルザはそうではないと考えているようだ。


 四つ腕は四本の剣を頭上で鳴らすと、地面からアンデット達が湧きだした。


 アズ達が戦ったような雑魚ではない。

 醜悪な見た目、膨れ上がった腐った筋肉。おぞましい気配。

 どうすれば神の使徒があんなものを呼び出すのか。


 灰王はそれを見て剣を天に掲げる。


 アズを脅かした白い靄のようなものが集まり、複数のフルプレートの騎士が出現する。霊鬼の騎士団だ。

 規律正しく剣を灰王に掲げる。きっとかつても今も灰王の部下なのだろう。


 お互いの部下たちが殺し合いを始める。

 騎士達はこちらに襲い掛かってこないが、凶悪なアンデットは違う。

 慌てて応戦するが被害が出始めた。


 エルザに支援を貰ってアズも対処するが、凄まじい強さだった。

 あの百足虫程では無いが、もし少しでも攻撃を受ければアズを殺すのは容易いだろう。


 地獄。私達は一体何処に来てしまったのか。

 アズには分からない。エルザには分かっているのだろうか。


 ああ、またしてもなんでこんな目に。

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