第14話 聖水製造人

 さて、何から聞こうかな。


 エルザと俺はしばらく向かい合ったままだった。

 アズは分かりやすい少女だったし、簡単にいう事を聞かせられて今も元気に依頼をこなしている。


 だがこのシスターはそうではない。アズよりも年上だし色々とこの女を理解しておかねば。


 このシスター崩れとアズを組ませて、飛躍させていかなければならない。

 こいつらは商品だ。俺はこいつらを使って使った以上の金を回収しなければならない。

 金貨140枚の価値があればよい。無くてもどうにかそこまで高めなければ。


 俺がそんなことを考えていると、エルザが口を開いた。


「私で良かったんですか?」

「何がだ」

「いえ、買ってもらったのは感謝してますよ。お兄さん良い人そうだし、私もヘンタイの相手をする一生は御免ですし」

「じゃあ良かったじゃないか」


 俺の言葉に対してエルザは髪を弄る。


「奴隷を買って冒険者にしてお金を稼がせる。悪いこと考えますね」

「これから働かされるお前が言うと説得力があるな」

「ですねぇ。娼館よりはマシですかね」

「アズ……先に買った奴隷を一人でやらせているが、ソロってのは色々と都合が悪いみたいでな。お前は聖職者としての力はあるようだし、役に立つだろう」

「やれと言われたらやりますよ。勿論」


 モチベーションは低いが、仕事はしますといった雰囲気だ。

 ま、奴隷としてはアズよりよほどらしいというものだ。


「ところで、なぜおまえは奴隷になったんだ? そもそも聖職者自体奴隷に何てなるような事をしないだろう」

「私がしなくても、そうさせられるように仕向けられたらどうしようもないですよ。身寄りのない子供達か自分を売らなきゃいけなくなった時、私は自分を売っただけです」


 良くある話か。良い人間ほど他人を見捨てられない。

 見捨てられないから自分を切り崩すしかない。


「創世王教ってのは慈悲深いんだなぁ。それでこうしている訳だ」

「……私は後悔してませんよ。既に世の中から廃れたとはいえ、創世王の教えを守ることが私の生き方です」

「その辺はどうでも良い。お前が信仰を維持して聖職者としての力があるなら」


 エルザは再び口を閉じた。だが目に宿る感情は死んではいない。

 この女は本当に後悔していないのだろう。


 もっとも、実際に女として売られれば話は別だろうな。

 アズはこのまま順調にいけばきちんと役に立つから、手元に置いておくのは確定している。


 しかしエルザはそうじゃない。容姿は整っているし、体つきも良い。

 役に立たないなら、女として売れる場所に回すだけだ。


 聖職者なら教養もそれなりにあるだろうし、それなりに期待している。


「とりあえずアズが戻るまでお前がやる事は一つだ」

「何ですか? 夜の相手でもしろと」

「そんな金にならないことをして何になる。お前は商品で俺は商品を使って金を稼ぐ商人だ」


 下手に肌を合わせて情が移っても困る。この女は女の色気が修道服からでも感じられるほどいい女だ。情婦が欲しくて金貨140枚は割に合わない。


 俺は空のガラス製の瓶をエルザの前に放り投げた。


「聖職者なんだろう。聖水を作れ」


 聖水は水場で神への祈りを捧げることで生まれる水だ。

 効果は魔除けと呪いの解除。


 弱い魔物は聖水を嫌がるという。


 それに加えて、武器に聖水を振りかければその武器は一時的に聖なる祝福を得る。

 幽霊型の魔物相手には必須だ。


 アズが冒険者として成長していけば死霊系やグール、アンデット等とも戦うことになる。

 ああいう連中は戦士一人じゃ苦戦するし、簡単に殺されてしまうこともあるらしい。

 だが聖職者が一人いるだけで普通の魔物よりよほど御しやすいという。


 冒険者だけではなく、主に行商人や、別の街に遠出する町の人が利用する。

 道具屋としても需要がそれなりに見込める。


 今までは太陽神教から買い取りという形で手に入れていたのだが、これからはエルザが作ってくれる。ほとんど利益がなかったが売ってないと客が減るからな。聖水。


「……ご主人様、悪い顔してるね。これはあんまり運が良くなかったかな」

「風呂場があるからそこでとりあえず100本作れ。その後は湯を沸かして入って良いから。その後作った聖水を持ってこい」

「ひ、ひゃく……加減してほしいなぁ。分かったから睨まないでよ。私ちゃんとやるから」


 見た目は品があるのだが些か生意気なんだよなこのシスター。

 だが嫌味がないからか悪い気はしない。人に愛されるタイプだろうな。


 多分アズと上手くやれるだろう。


「お風呂入れるのはさいっこう。着替えとかちゃんと用意してくれたし、やっぱり良いご主人様かも」


 俺は風呂場の間取りを教えてさっさとエルザを追い出した。

 追加のガラス瓶を倉庫から出してこなければ。


 聖水が瓶代だけで手に入るならいい商売になるだろう。

 ガラス瓶を大量発注すれば安くなるかもしれない。


 太陽神教は文句を言ってくるだろうか。

 ……いや、奴らは俺の顔なんて覚えてないだろう。

 あいつ等が喜ぶのはお布施だけだ。


 エルザが風呂上りに俺の部屋に来たのは2時間後だった。

 風呂好きらしく、大変だったろう聖水づくりの後でも機嫌がいい。


 髪にも艶が出ている。アズとは違い美人系だが、中々目の保養にはもってこいだった。


 ロザリオを見せてもらう。

 太陽神教のは中心に太陽が描かれているが、創世王教とやらのは一人の女性のレリーフが施されていた。


 この女性が創世王とやらなのだろうか。


 一度調べてみても良いかもしれないな。不思議とこのロザリオを持っていると落ち着く。エルザを空き部屋に送り、俺は部屋に戻った。


 アズはどうしてるだろうな。


 一方アズは大量の魔物に追いかけられて泣きながら全力で逃げていた。


「もうやだ家に帰る!」


 アズが帰ってきたのは、それから三日後の事だった。



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