第15話 カタコンベ・パンテオン

 帰ってきたアズを風呂に入れさせ、いつも通り床に座らせる。

 奇麗になり、芯まで温まったアズが湯気を立てている。

 冒険者組合に提出するための報告書をアズから経過を聞き取りながら作成する。


 大所帯のパーティーがやらかして魔物を呼び寄せて、もはや大惨事だったようだ。

 予定より遅れて帰還したものの、なんとか場を収めることは出来たのでアズにお咎めはないだろう。あったら抗議してやる。


 緩やかだが順調に成果は溜まってきているのだ。ケチはつけさせない。


 複数のパーティーが臨時合流し、途中からは思う存分暴れられたそうだ。

 鉄砲玉みたいなやつだなこいつ。


 俺に報告しながらも、アズは何度も横を覗き見ている。そこに居るのは当然、新たに購入した奴隷のシスター、エルザだ。まあ気になるよな。

 それでも自分から聞いてこないあたり、アズは好奇心より保身が強い。


 報告書をまとめ、脇に書類を移動する。


「お疲れさん。今回は依頼の報酬だけだが、まぁぼちぼちといったところだな」

「はい。本当はお金になる素材も幾つか拾えたんですが、騒動の時に落としてしまって。ごめんなさい」


 アズが頭を下げる。


「まぁ良いさ。繋ぎの仕事だ。さて、アズも気になっているようだから紹介しておこう。これからお前と一緒に冒険者として頑張ってくれるエルザだ。見ての通り聖職者だからお前の負担も減るぞ」


 エルザはアズに頭を下げる。

 アズは自分よりも年上らしきエルザに少し縮こまっている。


「よろしくお願いします」

「ええ、宜しくねアズちゃん」


 笑顔でエルザは答える。

 相変わらずエルザからは奴隷としての態度を感じないな……。

 だが自己主張の弱いアズと組ますには良いかもしれない。


 行き過ぎたら躾をする必要はあるな。


「せっかく聖職者がパーティーに加入したんだ。それを活かした仕事をしようと思ってな。これだ」


 俺は一枚の依頼書を取り出す。


 灰王の古城、その地下墓所。

 ルインドヘイム・カタコンベの定期的な間引きだ。

 冒険者をやっている聖職者には割と人気があるらしい。


 エルザの顔色が変わる。流石に聖職者だから知っているようだな。

 何時もより少しだけ硬い声色で口を開いた。


「あの、ご主人様。本気ですか」

「俺は本気だ。あくまで定期的な間引きで、十分な戦力で行う」

「あの場所は……いえ、放っておいてもアンデッドたちが溢れてしまう」


 エルザが思案する。


「そんなに危ない場所なんですか?」

「場合によっては、だ。お前たち二人だけで行けば、間違いなく死ぬような場所だ」

「えぅ……行きたくないです」


 アズの頭を撫でまわす。


「わっ、ご主人様なんですか?」

「前も言っただろう。お前らは俺のものなんだから無駄遣いはしない。トラブルが起きたならともかく、最初から分かっている危険な依頼には送らない」


 俺は依頼書の地図をアズに見せる。


「いいか、この場所はかつて権勢を誇った灰王という王の治める場所だったんだ。すでにかなり時間が経っていて、迷宮化してしまった城と地下墓所以外は風化してしまったがな」

「そうなんですね」

「そうなんだよ。灰王は怪物と化して古城を徘徊している。今まで何度も討伐隊が組まれたり、上級パーティーが挑んだが全て返り討ちだ。被害が大きすぎて討伐はもう諦められてる。古城には手つかずのお宝が山ほどあるって話だな」


 アズは泣きそうな顔になっている。


「危険じゃないですか」

「危険なんだよ。だから古城には行くなよ。死ぬから。今回の目的地は近くにあるカタコンベ。要は墓地だ」


「墓地……長い間人の手が入らない墓地は、死体が魔物になるって聞いたことあります」

「そう。そしてここのカタコンベは広いうえに多くの死体が埋葬されていた。死体自体はもう存在しないが、その怨念は残っている。それを材料にしてアンデッドが自然に湧くのさ」

「そして湧きすぎて溢れたアンデッドたちは人の居る場所に向かいます」


 エルザがようやく考えるのをやめて、俺たちの会話に参加する。


「あそこのアンデッドが溢れたら、ああ……確かに此処に大勢来ますね」


 観念したようだな。嫌だと言っても行けというしかないが。

 依頼のキャンセルは金もとられるし経歴も残る。


「古城に行けと言われたら、絶対に鞭で打たれても断りましたが分かりました。でも私はともかく、こんな小さい子もカタコンベに送るんですか? いくらなんでも」


 エルザはアズを守るように俺を見るが、異議を唱えたのはアズだ。


「エ、エルザさん!」

「なにかしら」

「私も仕事出来ます。役立たずじゃないです」

「そういう意味ではないんだけど……そうね。私も貴女も使われないと意味が無いか」


 エルザはアズを抱きしめる。そして俺に向き直った。


「ご主人様。私が創世王に誓ってこの子をカタコンベから生きて帰します。何かあったら逃げて良いんですよね」

「ああ、良いぞ。ただし、命の危険か依頼を蹴るだけの理由があれば、だ」

「それで十分です。あとちゃんとこの依頼は儲かるんですか?」

「勿論だ。依頼そのものはそれなりだが、お前が作った聖水はこの依頼を理由に組合に全て売りつけたからな。お前達が行くのは実はついでみたいなもんなんだ」


 エルザが少しばかり眉を顰める。

 俺はそれを鼻で笑った。

 何かを言いたそうだったが、エルザはそれを飲み込んだようだ。

 なんだかんだ立場は良く分かっている。


「苦労が報われて何よりです。依頼書によると二日後に出発みたいですが、今のうちに依頼に必要なものを集めたいのですけど」

「流石に死霊系の依頼に必要な物資は俺では分からないからな。お前をあてにしていた」


 エルザは俺に抗議する代わりにアズを抱きしめた。

 アズは困惑してしまっている。


 死霊系の魔物は死体や霊の魔物だから倒しても何も手に入らない。

 だが、力を得るには向いている。


 なぜなら生物ではないがゆえに、湧きやすいからだ。アズのさらなる強化と、エルザの底上げと使えるかどうかのテストには丁度いいだろう。



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