第12話 小娘一人じゃ舐められる

 冬の寒波を前に、この街の近くを大勢のウォーターシープが通り抜ける。

 なるべく多くのウォーターシープを狩ることで、冬に備えて大量の毛皮と肉を確保する。


 それがこの臨時合同依頼である羊狩りの簡単な概要だ。


 それなりに有名な毎年恒例の行事となっているらしく、わざわざこの依頼の為にこの街に訪れる冒険者もそれなりにいるのだそうで、街の外の集合場所には大勢の冒険者が集っていた。


 ソロとして活動してきたうえに、活動歴の短いアズはこれほど多くの冒険者が集まっているのを初めて見た。

 物珍しそうにしていると、歴戦の冒険者らしき男がフッと笑う。


「きょろきょろしてるな嬢ちゃん。この依頼は初めてかい」

「そうです。みんな沢山集まってるんですね」

「そりゃそうさ。上級ならいざ知らず、中級冒険者までなら割が良い依頼なんだ」

「ちょっとでも倒せたらと思ったんですが、競争になっちゃいますね」


 アズの言葉に男はまたもフッと笑う。


「ああ、それは安心していいぜ。確かに緊急招集規模の人数が集まっているが良くて中級の集まりだし……」


 男は視線を移動し、アズにも見るように促した。

 地平線の向こうから土煙が上がる。

 大地を青い毛皮が埋め尽くしていた。


「丁度最初の群れが到着したようだ。あれを狩りつくすなんて、土台無理な話さ。怪我するなよ嬢ちゃん」


 そういって男はパーティーを率いて行ってしまった。

 慣れているらしき人物たちは我先にと突撃していくのを見て、アズは剣を抜く。

 どうやら始まったらしい。


 先頭の冒険者たちが羊の群れを横から攻撃切りつけようとしたところ、羊たちは大きく鳴きながら頭上に水球を生み出して、それを冒険者に向かって打ち込んできた。


 手慣れた冒険者たちはそれをいなして羊たちに攻撃し、仕留めていく。

 だが初級らしき冒険者やそれを知らなかった冒険者達が水球に直撃し吹き飛ばされていく。


 主人に聞いた通りだ。アズは羊の魔法を回避し、剣による攻撃を命中させた。

 水の魔法を使う羊の魔物。ウォーターシープ。

 見た目以上に凶暴で、食欲が旺盛。


 街のそばを群れで通るのも、そこまでの道の草を食べつくしたからだ。

 アズの力が強くなったとはいえ、毛皮の上から切っても倒しきれない。


 追撃で一刺しすることで止めを刺した。


 倒した羊は役人が居る場所まで運ばねばならない。

 アズはソロなので、戦線から離脱して運ぶしかなかった。


 主人がその現場を見れば、何てもったいないと頭を抱えただろう。


 少し苦労しながらアズは羊を運び、役人に指定された場所に持っていく。


 急いで戦線に戻ると、第一波が通り過ぎて第二波が向かってきていた。

 倒れこむ冒険者もちらほらいる。


 水球の威力は意外と強いらしく、骨折くらいはしてしまうようだ。

 中には群れの前に出て行った冒険者もいるらしく、見事に羊たちに轢かれてボロ布みたくなっている。


 第一波は後ろから見てもそれほど減っていなかった。なるほど、これだけ集まっても確かに狩り切れるような感じではない。


 アズは何度も突撃し、結果6匹の羊を倒すことに成功した。

 中級冒険者が引き上げるのを見て頃合いと判断しアズも戦線から離脱する。


 6匹目の羊を引きずりながら指定された場所に向かうと、アズが集めた羊に数人の冒険者が近づいていた。

 役人は何も言わない。


「離れて。それは私の獲物」


 アズとて子供の使いで来ている訳ではない。

 結果が全てに直結しているので、少しでも多く持って帰らなければならない。


「おいおい嬢ちゃん。アンタ本当にこれだけ倒したのかぁ? お前こそ誰かのを横取りしたんじゃないだろうな」


 一番柄が悪い男がアズに突っかかる。

 役人を見るが、我関せずという感じだ。頼りにならない。


「私が倒して運んだ。もう一度言うね。私が倒した獲物であなた達の獲物じゃない」


 舌打ちの音が聞こえる。

 アズを完全に舐め切っているようだ。


 アズも苛立ち感じ始めた。


 そもそも数人で来ていながらまともに狩りもできなかったような、冒険者というよりただの荒くれ者達だ。そんな連中が成果だけ横取りしようとしている。


 アズが一番嫌いな連中だった。


 剣に手をかける。


 相手はそれを見て脅しでは引かないと判断して、武器を構えた。

 冒険者同士の争いは基本的にご法度ではあるが、珍しくもない。


 やらなきゃやられる。アズは弱者の結末をよく理解していた。

 だから譲らない。剣を抜こうとすると、相手の冒険者の後ろから一人の男が顔を出し、彼らを殴り飛ばしてしまった。


 アズが突然の事態に唖然としていると、同じく不意を突かれて事態が呑み込めない荒くれ者達があっという間にノされていく。

 殴られた場所を押さえながら抗議しようとした男たちを、殴り飛ばした男は一睨みで退散させる。まさに格が違う。


 出てきた男はわざとらしく手をはたく。

 誰かと思えば、アズに声をかけてくれた歴戦の冒険者らしき人物だった。


「しょうもない連中だ。嬢ちゃんが剣を抜いたら返り討ちになっちまうのも分からねぇ。なぁ嬢ちゃん!」

「ありがとうございます。お陰で助かりました」

「いいんだよ。ああいう連中はちょくちょくいるんだ。見かけたからちょっと手を貸しに来ただけさ」


 男は役人を睨む。役人は急いで顔を背けた。


「流血沙汰ってなると色々面倒くさいぜ。色々理由があって一人でやってるんだろうが、気をつけな」

「はい。次は私も殴り飛ばします!」

「そりゃあいい! 大物になるぜ嬢ちゃん。じゃあな」

「待ってください。何かお礼を……あ、これで一杯やってください」


 アズはなけなしの銀貨を一枚男に渡す。

 何かあった時の為に銀貨入れに主人からお金を入れてもらっている。


 男は断ろうとしたが、アズがじっと見つめていた為か受け取った。


 男はそのまま振り向き、銀貨を持った手をひらひらさせて立ち去って行った。

 アズは大きく頭を下げる。


 主人が夕方前に荷車を持って羊を受け取りに来るから、アズはそれまで自分の獲物である羊たちを見張ることにした。役人は当てにならないし。というかさっさと帰ってしまった。

 これではアズが居なくなったら持っていかれてしまう、自己責任とはいえひどい話だ。


 羊たちの群れはまだ大移動を続けている。

 最終的に大規模なパーティーだけが残って、ひたすら狩り続けていた。

 あれは確かに儲かるだろうなとアズは思った。


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