第11話 次は……羊だ
あれから丸一日アズは寝ていた。
起きた時には傷も残っていなかった。
冒険者組合には上手く言っておいたので、依頼は取り消しになったもののペナルティはない。
流石に地形を変えるほどの魔法をアズがやったとは思われなかった。
アズから受け取った剣は知り合いの鍛冶屋に預けてある。
鞘を注文したついでに鑑定もしてもらうためだ。
流石に武装も無しで魔物狩りや迷宮へ送り出すのも危険がすぎる。
防具はうちで扱っているのを使えばいい。
アズを連れて在庫を保管している倉庫に入る。
いくつかアズに合わせてみたが、一番しっくりくるやつを選んだ。
「大事にしますね」
料金はもちろん俺の財布からだ。帳簿が合わなくなるからな。
一番高い胸当てだが、長く売れ残っていたからこれできっといいんだ。
「重くないか?」
「はい。前のよりずっと軽いです」
鋼の防具だから以前のものよりも重いはずなのだが。
アズは実際重さを感じていないようだ。動きが身軽だし。
試しにアズに手を握らせて、ゆっくり力を込めさせる。
最初は問題なかったが、段々と拮抗できなくなる。
完全に握り負ける前に止めさせた。アズはニコニコしている。
冒険者は成長するとは聞いていたが、見た目はほぼ変化がないのにここまで変わるものか。
大物を倒したから、だな。
さて、これからどうするかだな。
後2.3日は剣も戻ってこないだろうし……。
アズに再びつるはしを持たせる。
これなら武器にもなるし、鉱石も掘れる。
アズに振らせてみたら軽快、とまではいかなかったが振り回すのに問題はなさそうだ。
一番良いのはまた燃える石を掘らせることだが、あの辺りはしばらく立ち入り禁止区域になってしまったのだ。事が事だけにやむを得ないだろう。
経験を積ませる為に低級の迷宮に放り込んでみるか。
安全を考えて生還率の高いルーキー向きの場所へ。
そう思って行かせてみたらあっさりと日帰りで帰ってきた。
ボス以外はつるはしを振り回していたら倒せたらしい。
ボスは大きな牛の魔物で、つるはしを角で吹き飛ばされて少し危なかったようだ。
剝ぎ取り用のナイフで目を突き刺して、そのまま奥に突っ込んだら倒せました! と笑顔で報告してくるアズが少しばかり怖い。やる気が溢れている。
「少し楽しいです。ご主人様の役にも立てるし、自分の力で何かを成し遂げたことなんて今までなかったです」
そういうアズに頭を撫でてやる。それがアズには嬉しいようだ。
手に入ったアイテムは低級らしく低品質のものばかりだ。
一番良い物がボスを倒した時に手に入った小石ほどの金。
銀貨20枚ってところだな。
帰還の祝いに大盛のパスタを用意してやると、無我夢中でアズは食べた。
よく食べて大きくなれよ。
そんな風に過ごして三日後。
鞘が完成したと連絡を受けてアズを連れて鍛冶屋に出向く。
店先ではなく、作業場だ。
そこには金床や燃える石が放り込まれて真っ赤に燃える炉がある。
作業場に入ると、熱された空気が全身を包む。
一年中ここは変わらない。
アズは代謝がいいのかすぐ顔まで赤くなる。
鍛冶屋の主人は丁度作業を終えたところだった。
弟子達が慌ただしく準備をしている。
ここの鍛冶屋は腕が良い。たしか領主の兵士の武器も発注されていると聞いた。
「来たか、道具屋の息子」
父親と友人だったため、未だに名前ではなくこう呼ばれる。
一人前扱いはまだされないようだ。
「良い剣を持ってきたな。久しぶりにいい気持ちで仕事出来たぞ」
そう言って鍛冶屋の主人は壁に立てかけた鞘に入った剣を持ってくる。
「鞘だけって話だったが、鑑定ついでに打ち直しておいた。魔物が落とす武器は少しばかり年季が入っちまってる。覚えとけ」
アズに剣を受け取らせて、諸々の料金を払う。
金貨を払っているのを見て、アズが面食らっていた。
その様子を見て鍛冶屋の主人は鼻を鳴らす。
「妙な事をしているな、道具屋の息子。ごちゃついたことを言う気はないが、一度引き取ったなら責任もって世話をしろよ。後良い剣がまた手に入ったらまたもってこい」
「分かってますよ。アズ、剣を抜いて確認してみろ」
「はい」
アズは剣から鞘を抜く。
最初に比べて随分と様になっていた。
少しばかりアズにはまだ重いようだが、きちんと構える。
剣の構え方くらいは講習で習ったらしい。
「運が良いぞ嬢ちゃん。その剣は只の剣じゃない。宝剣の一種だ」
宝剣。何かしらの力が宿った剣の事だ。
魔剣や聖剣にこそ及ばないものの、冒険者がこぞって追い求める武器。
出物が少ないので買うならでかいオークションなんかに参加する必要がある。
「封剣グルンガウス。かつて恐れられ、そして討伐された魔獣の角と白銀を合わせて鍛えられた剣だ。長らく行方不明だったらしいが、こんな所から出てくるとはな」
百足虫の頭から出てきたらしいのだが、原理が良く分からないな。
鍛冶屋の主人に聞いたら、力のある良い武器は魔物にとってもいい媒体になるのだそうだ。
良く分からん。
そういうものらしい。
「効果は分かりやすいぞ。何かを切った時に持ち主の魔力を上乗せする。それだけだ」
俺はアズを見つめる。
魔力……魔力はどう見てもなさそうだな。可愛いけど。
見つめられた事にようやくアズが気付き、どぎまぎし始める。
落ち着け。
「ご主人様ぁ……私魔力とかそういうの」
「分かってる。とりあえず鞘も作ったし持っておけ。強くなっていけば魔力だって増える……らしいぞ」
「分かりました……グルンちゃんも大事にします」
そういえばいたな。自分の物に名前をつけて呼ぶ女の子。
まぁ、大事にするなら良い。
アズの準備は整ったことだし、少しばかり冒険してもらうとしようか。
鞘代も稼いでもらわないといけないし。
俺は手に持った依頼書を眺める。
大量の羊の魔物討伐依頼。
その臨時募集だ。
アズをパーティーに参加させるつもりはないが、大規模な臨時募集なら話は別だ。
最悪他に全部任せてしまえばいい。実入りはないが。
羊毛と羊の肉はこれからの寒い時期に役に立つ。
出来れば数を狩ってきてくれたら、うちの店も繁盛するのだが。
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