第10話 よくやったぞ、アズ

 朝、というには些か早すぎる時間にアズは帰宅した。

 裏から入るように指示していたので、帰ってきたことが直ぐに分かる。


 二回のノック後に、アズが俺の部屋に帰ってきた。


「ご主人様。ただいま戻りました……」


 出発した時とは随分と様変わりしている。

 軽装とはいえ装備していた鎧は丸々なくなっており、買い与えた剣は見当たらず、代わりに別の剣を携えている。

 新品のリュックは、残念ながらゴミ一歩手前の有様だ。


 アズ本人はどうやら大怪我はしていないようだった。

 しかし二の腕や太ももに多数の傷がある。

 奇麗だった髪もボサボサでひどい。


 草原より奥の崖で大規模な火の魔法が使われた。

 という話は聞いていたから、渡したあれをアズが使うほどの何かがあったのだろうとは思っていた。


 話を聞く前に俺は救急箱を取り出してふたを開ける。


「アズ、とりあえず服を脱げ。先に治療する」

「えぅ……はい」


 消毒の為に傷口をアルコールを染み込ませた清潔な布で奇麗にする。

 その度にアズが飛び上がりそうになるがしっかり抑え込む。


 薬草から抽出した薬液をしみこませた包帯で傷を奇麗に覆う。

 こうしておけばすぐ治るし、傷口も残らない。


 ポーションをぶっかけても良いし、癒しの秘術があればそれでも良いのだが、無事に帰ってきたし今はこれでいいだろう。


 治療を終えて、アズを座らせる。

 傷口が開かないように楽な姿勢にさせた。


「とりあえず何がどうなったんだ。説明しろ」


 アズはしどもろどろになりながら、たどたどしく説明する。

 説明は長く分かりにくかったが、なんとか要約する。

 些か欲張ったようだ。


 巨大な百足虫……夢に出てきそう。


 良く生きてたな。


 俺はアズを引き寄せて、抱きしめてやる。


 アズはしばらくじっとしていたが、俺の背中に手をまわしてゆっくり泣き始めた。

 行かせた俺が悪いのだが、少し悪い気がする。


 泣き終わったアズは、リュックから壊れた魔導石を差し出す。


「ごめんなさい。使ってしまいました。本当に凄かったです。これ、本当に金貨3枚だったんですか?」


 俺はアズから魔導石の欠片を受け取る。

 輝きは鈍ってしまい、もはやただの石だ。


 俺は感慨深く石を眺める。


「ああ、これは金貨3枚で手に入れたものだよ。もう手に入らないけどな」


 俺は石を仕舞う。役目は終わった。俺が死蔵するよりは、アズの命を助けたほうがよほど有意義だろう。なぁ、母さん。


「カスガル・ノアロードって知ってるか?」


 アズは首を振る。

 知らないのも無理はない。彼はとうに現役を退いている。


「帝国で一番強い魔導士だよ。彼がこの街に滞在した時に、母親が頼み込んだらしい。お守りとして強い魔法を魔導石に込めてくれってな」


 それからずっと俺に持たせてくれていた。

 一度鑑定してもらったら、金貨100枚の価値はあると言われたな。


「そんな大切なものを私に持たせてくれたんですか」


 アズは俺が買った奴隷だ。そして俺はアズに金を稼げるように成長してもらいたい。

 出来ることはやる。俺がアズを支えてやる。勝手こそ分からないが、俺はこの事業に賭けている。


「俺の代わりにお前に危険を押し付けてるからな。ところでその剣はどうした」

「えと、やっつけたら手に入りました。ちょっと重かったですけど、持って帰ればご主人様が喜ぶかなって」


 アズを頭を撫でてやる。

 そして剣を受け取る……重い。明らかに重いぞ。

 ちょっとなんてモノではない。既にアズは俺より力があるようだ。


 即席の鞘を剥ぎ取り、剣身を見る。


 見事なものだ。良し悪しのハッキリわかる鍛冶屋ではないが、道具屋として刃物なんかはずっと見てきている。俺がアズの為に用意した剣よりもずっと良い物なのは間違いない。


 売れば金貨30枚にはなるだろうか。


 鑑定してちゃんとした鞘を用意しないとな。


「後、これを持って帰ってきました」


 リュックに詰め込まれていたのは黒くざらついた石だ。

 燃える石を持って帰ってこいと言ったから、それっぽいのを持って帰ってきたのだろう。


 死にかけた後だというのに、感心する。

 剣も持って帰ってきたし、アズはきちんと仕事が出来るやつだな。


 いくつか黒曜石が混じっていたものの、大半が燃える石だ。

 きちんと精製すれば丸々儲けになる。

 これなら銀貨300枚くらいにはなるな。


 思ったよりは稼ぎになる。

 寄こされた依頼だけこなしていてはダメだな。


「あの、ご主人様」

「なんだ」


 俺はアズの話を半分聞きながら燃える石を叩いたりして質を確かめている。

 質が良ければ鍛冶屋に更に高く売れるのだ。


「この石、お金になるんですよね? なんで皆採りに行かないんですか?」

「ああ、それはな。どうすれば金になるか知らないからだよ。知ろうともしないからだ」


 この世の中には知っているだけで価値がある情報がごまんとある。

 そしてそれ等は殆どが身内でだけで共有される。

 知るものは更に富め、知らないものは更に貧しくなる。


 たとえ極貧でも、薬草が分かるだけで食えるやつと食えないやつが生まれる訳だ。


 燃える石が寒い時期に高値になること自体は殆どの人間が知っている。

 だからといって採りに行って、それをそのまま売っても買い叩かれてしまうのだ。


 質が悪い。形が悪い。すでに在庫がある。文句など幾らでもいえる。

 そして学が無ければ交渉が長引くより、さっさと安値で売ってしまう。


 そして思ったより稼げないと感じてしまうのだ。

 そうなれば当然手を引く。


 だが、俺は道具屋だ。

 アズが燃える石を採ってきたら、それを少しばかり手を加えればそのまま店に出せる。仕入れ値は0だ。奴隷が採ってきたんだからな。


 この一連の動きをもっと規模をでかくすれば、燃える石の鉱主になる。

 信じられないくらい儲かるそうだ。良いなぁ。

 参入も尋常ではなく金がかかるようだが……。


 アズに説明しても分かったような分からないような顔をされた。

 察しは良いのだが、無教養のままではやはり困るな。


 今は一先ず休ませることにしよう。組合への報告は後でいい。


 しかしアズのやつ、ラフな格好もけっこう似合うな。


 部屋に戻って寝ろと指示すると、アズはそそくさと頭を下げて自分の部屋に引っ込んでいった。


 さて、店を開けるか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る